Kindle Fireのリリースが発表された。
Kindleの後継が出るとしたら、カラーのE-inkを使ったものになるだろうと思っていた僕にとって、タブレットとは予想外の展開である。
約200ドルというから、日本円で1.5万円。昨年、僕が買ったKindle3(3G版)と似たような価格である。
ちなみにこちらはKindle Keyboardと名前を変え、140ドルに値下げされた。
もともと僕がKindleを買った理由は、部屋にある大量の本を処分するためだった。文庫本や新書を読むにはこちらぐらいがちょうどいい。ちなみにディスプレイサイズは6インチである。
A5サイズやB5サイズになると、iPadかKindle DX(9.7インチ)ぐらいはほしい。その意味で、7インチのKindle Fireは、こちらの求めるサイズではない。
が、何せ安いし。おもちゃとしてはほしいところである。
まぁ、よくよく考えてみると、持ち歩く場所がないか。そういう場所だと、素直にKindle使ってるし。
少し悩ましいが、しばらく様子見しておこう。
2011年10月1日土曜日
2011年9月6日火曜日
長月九日 夏合宿
少し前のことになるが、日・月と古巣の大学の恒例となったゼミ合宿に行ってきた。
おりしも台風が直撃する感じだったのでどうなるかと思っていたが、ぎりぎり回避。それでも1日中雨だったが。
6人が発表したが、内容はいまふたつな感じだった。
1章2章と書いてくるのはいいのだが、すべて概説。どこかの研究書か論文の内容をそのまままとめてきたようなものであり、無論必要な作業ではあるが、これでは本論にならない。
西洋史の発表なのに、外国語文献がまったく登場しないのも大きく減点される。院生相手ではなしバリバリ使ってこいとまでは言わないが、一つ二つはほしいところである。
通常、先行研究の調査において日本語の研究内容を抑えてから外国語の文献に当たるものなので、言い方を変えると、ろくに日本語の研究すら抑え切れていないということである。
実際、参考文献として挙げられた論文数も、きわめて貧弱である。「このテーマでその数はないだろ」と言いたくなるのは、まぁ繰り返されてきた光景ではあるのだが。
後で先生と話していると、今年のメンツは、いわゆる「ゆとり世代」の絶頂期の産物らしく、どうにもならないらしい。
具体的には、向上心の類がまるでなく、先生が煽っても暖簾に腕押し状態になるそうである。例年だと、ひとりぐらいはそこそこ出来るのがいて、それをライバル視しながら進んでいくという展開になるし、また先生もそうなるように煽るわけだが、低いレヴェルで満足してしまうと、伸びないわけである。強く言っても、まるで堪えないときたものである。「ナンバーワンよりオンリーワン」なんて言っていたつけが、このモチベーションの低さにつながるわけである。
昨年に卒論を落とされて留年したのがいて、それが絶望的にひどいらしい。指導を聞かないどころか、Wikipediaまる写し(そのままコピペなので、語調から何からまるで統一がない)、参考文献は新書一冊というレジェンダリークラスのクズっぷりで、指導している先生が激怒しているそうな。まじめな人だからなぁ。
僕なら容赦なく落とすけど。学費はすでに4年分(今年を入れると5年分)もらっているので、退学されたところで痛くもないだろうし。まぁ、そのあたりは完全に他人事として考えられる僕と、指導する義務を負っている先生方との立場の違いだろう。
だいたい、ダメな世代の次はそこそこいける世代になるのが通例らしく、現在の3回生はまだしもマシらしい。こういう感想は、ほとんどの場合当を得ているものなんだけど、「ダメな世代」に繰りこまれる人間は、面白くないだろうなぁ。「団塊世代」とかのラベル貼りも同じだと思うけど、一定の事実を示しているだけに、「俺を一緒にするな」と思いたくなるものであろう。
まぁ、彼らの成果を聞くのは卒論提出の打ち上げの時になると思うが、先行研究の調査も不充分で、章建てすら出来ていない状態から、どの程度まで持ち直せるのか、聞いて……みたいようなみたくないような。
おりしも台風が直撃する感じだったのでどうなるかと思っていたが、ぎりぎり回避。それでも1日中雨だったが。
6人が発表したが、内容はいまふたつな感じだった。
1章2章と書いてくるのはいいのだが、すべて概説。どこかの研究書か論文の内容をそのまままとめてきたようなものであり、無論必要な作業ではあるが、これでは本論にならない。
西洋史の発表なのに、外国語文献がまったく登場しないのも大きく減点される。院生相手ではなしバリバリ使ってこいとまでは言わないが、一つ二つはほしいところである。
通常、先行研究の調査において日本語の研究内容を抑えてから外国語の文献に当たるものなので、言い方を変えると、ろくに日本語の研究すら抑え切れていないということである。
実際、参考文献として挙げられた論文数も、きわめて貧弱である。「このテーマでその数はないだろ」と言いたくなるのは、まぁ繰り返されてきた光景ではあるのだが。
後で先生と話していると、今年のメンツは、いわゆる「ゆとり世代」の絶頂期の産物らしく、どうにもならないらしい。
具体的には、向上心の類がまるでなく、先生が煽っても暖簾に腕押し状態になるそうである。例年だと、ひとりぐらいはそこそこ出来るのがいて、それをライバル視しながら進んでいくという展開になるし、また先生もそうなるように煽るわけだが、低いレヴェルで満足してしまうと、伸びないわけである。強く言っても、まるで堪えないときたものである。「ナンバーワンよりオンリーワン」なんて言っていたつけが、このモチベーションの低さにつながるわけである。
昨年に卒論を落とされて留年したのがいて、それが絶望的にひどいらしい。指導を聞かないどころか、Wikipediaまる写し(そのままコピペなので、語調から何からまるで統一がない)、参考文献は新書一冊というレジェンダリークラスのクズっぷりで、指導している先生が激怒しているそうな。まじめな人だからなぁ。
僕なら容赦なく落とすけど。学費はすでに4年分(今年を入れると5年分)もらっているので、退学されたところで痛くもないだろうし。まぁ、そのあたりは完全に他人事として考えられる僕と、指導する義務を負っている先生方との立場の違いだろう。
だいたい、ダメな世代の次はそこそこいける世代になるのが通例らしく、現在の3回生はまだしもマシらしい。こういう感想は、ほとんどの場合当を得ているものなんだけど、「ダメな世代」に繰りこまれる人間は、面白くないだろうなぁ。「団塊世代」とかのラベル貼りも同じだと思うけど、一定の事実を示しているだけに、「俺を一緒にするな」と思いたくなるものであろう。
まぁ、彼らの成果を聞くのは卒論提出の打ち上げの時になると思うが、先行研究の調査も不充分で、章建てすら出来ていない状態から、どの程度まで持ち直せるのか、聞いて……みたいようなみたくないような。
長月六日 PC新調
先月はすっかりサボっていた。
何も起こらなかったというわけでは無論ないのだが、書こうとする気にならなかった。
それでさして困らないという気もするので、つまりはやはり、さしたる出来事はなかったのだろう。
で、懸案となっていたPCを新調した。古いほうのPCはよく働いてくれたのだが、丸四年を経て、さすがにくたびれてきた。特に排熱関係は宜しくなく、ファンなどの駆動系がヘタれてくるのは仕方のないことである。
冷却が悪くなると、急速に寿命が縮む。壊れてから交換するのは良くないので、壊れそうなぐらいで交換するべきであろう。
ついでに、最近のゲーム(Vic2とかM&BのF&Aとか)も動かすのがしんどくなってきた。その意味でも頃合いであろう。
i7に8Gのメモリを搭載し、手頃なグラフィックカードと安物のサウンドカードを突っ込み、いい機会なので地デジカードも差しこんでおいた。OSは7の64モード。自分で組むのは面倒なので、BTOで任せたところ、約12万円也。安くはないが、まぁ仕方のないところである。
で、面倒なのがデータの引っ越しである。最初はクロスケーブルを使って直接渡そうかと思ったが、意外に面倒なのでLANケーブルをもう一本買ってきてルータにつなげ、一時的に家庭内LANを構築することにした。
これも、XPと7とでは意外に面倒だった。7同士は簡単らしいが、XP相手になると、IPを固定するだけでなく、グループ名も統一しなければならない。わかっていればどうということはないが、僕みたいな素人にはなかなか面倒だった。
で、当り前ではあるが、転送速度はHD内の移動に比べて大幅に落ちる。最低限必要なデータだけとか思っていたが、やはりゲーム類は、可能なものならまとめてコピーした方が楽である。
僕の場合、大半が洋ゲーのDL販売なので、CDとかの問題はほとんどない。というか、まったくないのでCDプレイヤーを使わず、おかげでプレイヤーがいつの間にか死んでいた。
まぁ、これについては暇な時にぼちぼちやるしかない。これがすむまでデュアルディスプレイ環境に戻れないのがつらいし、仮ケーブルを接続しているので不安定な置き方になり、先日などはそのためにPC本体が前のめりに倒れてしまい、フロント部分に差し込んでいた買ったばかりのUSBメモリがお釈迦になるなどという悲劇も起きているので、なるべく早く片付けたいところである。
何も起こらなかったというわけでは無論ないのだが、書こうとする気にならなかった。
それでさして困らないという気もするので、つまりはやはり、さしたる出来事はなかったのだろう。
で、懸案となっていたPCを新調した。古いほうのPCはよく働いてくれたのだが、丸四年を経て、さすがにくたびれてきた。特に排熱関係は宜しくなく、ファンなどの駆動系がヘタれてくるのは仕方のないことである。
冷却が悪くなると、急速に寿命が縮む。壊れてから交換するのは良くないので、壊れそうなぐらいで交換するべきであろう。
ついでに、最近のゲーム(Vic2とかM&BのF&Aとか)も動かすのがしんどくなってきた。その意味でも頃合いであろう。
i7に8Gのメモリを搭載し、手頃なグラフィックカードと安物のサウンドカードを突っ込み、いい機会なので地デジカードも差しこんでおいた。OSは7の64モード。自分で組むのは面倒なので、BTOで任せたところ、約12万円也。安くはないが、まぁ仕方のないところである。
で、面倒なのがデータの引っ越しである。最初はクロスケーブルを使って直接渡そうかと思ったが、意外に面倒なのでLANケーブルをもう一本買ってきてルータにつなげ、一時的に家庭内LANを構築することにした。
これも、XPと7とでは意外に面倒だった。7同士は簡単らしいが、XP相手になると、IPを固定するだけでなく、グループ名も統一しなければならない。わかっていればどうということはないが、僕みたいな素人にはなかなか面倒だった。
で、当り前ではあるが、転送速度はHD内の移動に比べて大幅に落ちる。最低限必要なデータだけとか思っていたが、やはりゲーム類は、可能なものならまとめてコピーした方が楽である。
僕の場合、大半が洋ゲーのDL販売なので、CDとかの問題はほとんどない。というか、まったくないのでCDプレイヤーを使わず、おかげでプレイヤーがいつの間にか死んでいた。
まぁ、これについては暇な時にぼちぼちやるしかない。これがすむまでデュアルディスプレイ環境に戻れないのがつらいし、仮ケーブルを接続しているので不安定な置き方になり、先日などはそのためにPC本体が前のめりに倒れてしまい、フロント部分に差し込んでいた買ったばかりのUSBメモリがお釈迦になるなどという悲劇も起きているので、なるべく早く片付けたいところである。
2011年6月1日水曜日
水無月朔日 東北震災の歴史的評価
フェルナン・ブローデルは、『地中海』を書くに際して、それまで伝統的に歴史学が守備範囲とするものとされていた政治的事件などの「短い歴史」、そしてある世界を構成する基礎的な情報を与えてくれる地理や気候などの「長い歴史」と、その中間である社会や経済の変容といった「中ぐらいの歴史」の三点を挙げ、それぞれの観点から地中海を描きあげた。
僕は、主に経済の歴史に関心を寄せているわけだからして、この「中ぐらいの歴史」の観点から歴史を見ることが多い。
逆に言えば、あまり「出来事」に対しては興味を持たない。無いわけじゃないけど。
極端な例だが、2001年のWTC同時爆破テロが起きた時、もちろん僕も大いに興奮したわけだが、しばらくすると、違和感を感じるようになった。
周囲では、「これで歴史が変わる」とか言っていたが、それを胡散臭く感じるようになったのだ。別に、何も変わらないというわけではないが、この一件一つが転機となるというのは、単純すぎるだろうと思ったのである。
今回の地震でも、やはり「歴史が変わる」と主張する人は多いわけだが、同じく胡散臭く感じる。そりゃまぁ、原子力政策とかはかなり影響を受けるかもしれないが、人類の経済成長を維持するためには一定量のエネルギーが必要であり、化石燃料ではそれを長期にわたって賄うことは出来ず、新エネルギーも当分の間はコストパフォーマンスの点で主力とは成り得ないという現状を鑑みるに、原子力を完全に封殺することは難しいはずである。
もちろん、短期的には原子炉の建設は不可能だし、日本に限ればかなりの長期間に渡り、建設できない可能性は低くはない。以前から胡散臭げに見られてきたが、今回の一件で、原子力村への信頼はほとんど完全に失墜したし。
しかし、これで「歴史が変わる」のか?
まぁ、こうなってくると何を以て歴史が変わったのかという定義からの問題となるだろう。実際、被災した人にとっては、その人もしくはその周囲の人の「歴史」は確実に変わったのだろうし。
ただし、こうした個人的な経験は、僕は取り扱わない。こうしたものも歴史が取り扱うべき分野の一つには違いないのだが、それだと、今この瞬間に車にはねられた人と、根本的に何が違うのかということになるので。
もっとも、こうしたことも、車の増加による事故の発生率と、それによる経済的損失を話すというのなら別である。同じく、地震の発生による社会構造や経済構造の変化という話をするなら、考察の対象となり得よう。まさに「中ぐらいの歴史」の範疇といえる。
さて、この観点からすれば、東北や日本や世界の歴史は変わったのか?
東北についてと限定すれば、大きく変わり得るかもしれない。避難の長期化や経済的基盤の長期的な崩壊、震災復興への負担などにより、これまでの生活は一変しており、そしてその変化は元に戻らない可能性が高い。
日本についてはどうか。経済的には極端な打撃ではない。混乱した生産機能も数年以内に代替可能となる。阪神大震災により神戸の経済組織は大きな打撃を受け、そしてそれは完全な復興を遂げてはいないし、今後もそれはないだろうが、その分の機能は他所が補っているということからの推測である。
ただし、エネルギー政策に対してはかなりの期間影響が及ぶ可能性が高い。また、震災復興のための財政的負担は、財政状態が阪神当時よりも悪化していることから、かなりの問題となるだろう。ただし、どちらの問題にせよ、昨日今日に始まった問題ではないということも留意しておくべきだろう。
総合的には、現時点ではよくわからない。東北の震災を被ったことによる影響は、日本の経済や社会を質的には変化させないだろうが、量的には大きな変化をもたらす可能性がある。経済・社会的負担があまりにも大きくなれば、その構造そのものを変えてしまう可能性もあるだろう。
世界についてはどうか。ほとんど変わらないのではないかと思う。原子力エネルギーへの依存度の高まりは、かつてより弱まるかもしれないが、現在の経済発展の主力である中国・ロシアその他の国々は、何よりもエネルギーを必要としており、そのためなら多少のリスクの高まりなど目にもかけないだろうし、実際、原子炉の安全性をPRするのに躍起になっている。
経済の発達のみがすべてではないが、経済の発達なしに国力を大きく伸ばすことは難しい。そして、経済を大きく伸ばすチャンスというのは、歴史においてそう何度も訪れるものではない。特にロシアほどの化石エネルギーを持たず、生産業が国力の大きな要素となっている中国や韓国の場合、エネルギーは必須である。また、高齢化が急速に進みつつある中、今のうちに稼いでおかないと、日本のような安定した状態(停滞ともいうが)を狙うことすら不可能になりかねないわけであり、その意味では日本よりもよほど切実だろう。
とまぁ、こんなわけで、世界史の観点からすると、この一件は大した影響力を及ぼさないのではないか、と現時点では思っている。日本史の観点からしても、多分そうだろう。細かい部分ではそれなりの影響力を及ぼしはするだろうが、全体的な観点からとなると、こう判断される。
まぁ、来年の今頃は全く違ったことを言っているかもしれないが。歴史家は過去からしか判断できないし、本来、未来のことは守備範囲外だからと、逃げを打っておくことにする。
僕は、主に経済の歴史に関心を寄せているわけだからして、この「中ぐらいの歴史」の観点から歴史を見ることが多い。
逆に言えば、あまり「出来事」に対しては興味を持たない。無いわけじゃないけど。
極端な例だが、2001年のWTC同時爆破テロが起きた時、もちろん僕も大いに興奮したわけだが、しばらくすると、違和感を感じるようになった。
周囲では、「これで歴史が変わる」とか言っていたが、それを胡散臭く感じるようになったのだ。別に、何も変わらないというわけではないが、この一件一つが転機となるというのは、単純すぎるだろうと思ったのである。
今回の地震でも、やはり「歴史が変わる」と主張する人は多いわけだが、同じく胡散臭く感じる。そりゃまぁ、原子力政策とかはかなり影響を受けるかもしれないが、人類の経済成長を維持するためには一定量のエネルギーが必要であり、化石燃料ではそれを長期にわたって賄うことは出来ず、新エネルギーも当分の間はコストパフォーマンスの点で主力とは成り得ないという現状を鑑みるに、原子力を完全に封殺することは難しいはずである。
もちろん、短期的には原子炉の建設は不可能だし、日本に限ればかなりの長期間に渡り、建設できない可能性は低くはない。以前から胡散臭げに見られてきたが、今回の一件で、原子力村への信頼はほとんど完全に失墜したし。
しかし、これで「歴史が変わる」のか?
まぁ、こうなってくると何を以て歴史が変わったのかという定義からの問題となるだろう。実際、被災した人にとっては、その人もしくはその周囲の人の「歴史」は確実に変わったのだろうし。
ただし、こうした個人的な経験は、僕は取り扱わない。こうしたものも歴史が取り扱うべき分野の一つには違いないのだが、それだと、今この瞬間に車にはねられた人と、根本的に何が違うのかということになるので。
もっとも、こうしたことも、車の増加による事故の発生率と、それによる経済的損失を話すというのなら別である。同じく、地震の発生による社会構造や経済構造の変化という話をするなら、考察の対象となり得よう。まさに「中ぐらいの歴史」の範疇といえる。
さて、この観点からすれば、東北や日本や世界の歴史は変わったのか?
東北についてと限定すれば、大きく変わり得るかもしれない。避難の長期化や経済的基盤の長期的な崩壊、震災復興への負担などにより、これまでの生活は一変しており、そしてその変化は元に戻らない可能性が高い。
日本についてはどうか。経済的には極端な打撃ではない。混乱した生産機能も数年以内に代替可能となる。阪神大震災により神戸の経済組織は大きな打撃を受け、そしてそれは完全な復興を遂げてはいないし、今後もそれはないだろうが、その分の機能は他所が補っているということからの推測である。
ただし、エネルギー政策に対してはかなりの期間影響が及ぶ可能性が高い。また、震災復興のための財政的負担は、財政状態が阪神当時よりも悪化していることから、かなりの問題となるだろう。ただし、どちらの問題にせよ、昨日今日に始まった問題ではないということも留意しておくべきだろう。
総合的には、現時点ではよくわからない。東北の震災を被ったことによる影響は、日本の経済や社会を質的には変化させないだろうが、量的には大きな変化をもたらす可能性がある。経済・社会的負担があまりにも大きくなれば、その構造そのものを変えてしまう可能性もあるだろう。
世界についてはどうか。ほとんど変わらないのではないかと思う。原子力エネルギーへの依存度の高まりは、かつてより弱まるかもしれないが、現在の経済発展の主力である中国・ロシアその他の国々は、何よりもエネルギーを必要としており、そのためなら多少のリスクの高まりなど目にもかけないだろうし、実際、原子炉の安全性をPRするのに躍起になっている。
経済の発達のみがすべてではないが、経済の発達なしに国力を大きく伸ばすことは難しい。そして、経済を大きく伸ばすチャンスというのは、歴史においてそう何度も訪れるものではない。特にロシアほどの化石エネルギーを持たず、生産業が国力の大きな要素となっている中国や韓国の場合、エネルギーは必須である。また、高齢化が急速に進みつつある中、今のうちに稼いでおかないと、日本のような安定した状態(停滞ともいうが)を狙うことすら不可能になりかねないわけであり、その意味では日本よりもよほど切実だろう。
とまぁ、こんなわけで、世界史の観点からすると、この一件は大した影響力を及ぼさないのではないか、と現時点では思っている。日本史の観点からしても、多分そうだろう。細かい部分ではそれなりの影響力を及ぼしはするだろうが、全体的な観点からとなると、こう判断される。
まぁ、来年の今頃は全く違ったことを言っているかもしれないが。歴史家は過去からしか判断できないし、本来、未来のことは守備範囲外だからと、逃げを打っておくことにする。
2011年5月28日土曜日
皐月三十日 福島原発の海水注入
東電福島第1原発1号機で、政府と東電が海水注入を55分間停止していたと説明していたことに対し、発電所所長の吉田昌郎が、自身の判断で注入を続けていたことを明らかにし、問題となっている。
問題のポイントは、まず、政府と東電が説明(というか注入停止についての責任のなすりつけ合い)していたことに対し、そもそも注入停止が行われていなかったとして、議論の根底を崩したという点にある。
次いで、こうした重要な問題が、現場の判断で行われ、指揮系統上部に対して長期間伏せられていたという点である。
前者については、まぁどうでもいい。既にボロボロになっている両者の面子がさらに潰されただけのことであり、対策そのものは正解だったと考えられている。
問題は後者だ。これでは、他にも隠した情報があると考えられても仕方がない。そもそも政府や東電の措置について批判されるのは、情報の公開が不充分であり、意思決定の過程や責任の所在が不明瞭であるというためである。今回の一件で、これがさらに深刻であることが明らかとなった。
僕が感じるのは、現場の後方に対する不信感である。そして、その結果生じる独善というものである。
ちょうど、昨年起きた尖閣ビデオと同じ構図であろう。上層部の判断に対し、異なる判断を下している現場が反発し、独断専行を行う。そして、全体としては現場の判断の方が正しいのだが、独断専行のため指揮系統は混乱する。
言うまでもなく、組織としては完全に落第である。政治というものは徹底的に結果だけが評価されるので、今回の一件も、結果オーライではある。が、これが常態化するようになると、関東軍の暴走がまた始まることになり、更に大きな失敗を生むことになる。
責められるべきは、もちろん独断専行した現場だが、一番の問題となっているのは上層部の無能であろう。現場の責任は上層部が問えるが、上層部の無能は誰が糺すのか?
戦前の場合、誰もそれを行おうとはしなかった。組織としての日本帝国は、意思決定や責任の所在が不明瞭なまま、戦争へと突入する。この当時、プレイヤーだった政府、議会、海軍、陸軍、天皇、重臣のいずれも、この問題を解決しようとはしなかったわけだ。
今は、プレイヤーは政府、議会、企業ということになろうが、戦前とは異なり、天皇と重臣に代わって、国民というものが入っているのではなかろうか。となると、国民には何ができるのだろう。
問題のポイントは、まず、政府と東電が説明(というか注入停止についての責任のなすりつけ合い)していたことに対し、そもそも注入停止が行われていなかったとして、議論の根底を崩したという点にある。
次いで、こうした重要な問題が、現場の判断で行われ、指揮系統上部に対して長期間伏せられていたという点である。
前者については、まぁどうでもいい。既にボロボロになっている両者の面子がさらに潰されただけのことであり、対策そのものは正解だったと考えられている。
問題は後者だ。これでは、他にも隠した情報があると考えられても仕方がない。そもそも政府や東電の措置について批判されるのは、情報の公開が不充分であり、意思決定の過程や責任の所在が不明瞭であるというためである。今回の一件で、これがさらに深刻であることが明らかとなった。
僕が感じるのは、現場の後方に対する不信感である。そして、その結果生じる独善というものである。
ちょうど、昨年起きた尖閣ビデオと同じ構図であろう。上層部の判断に対し、異なる判断を下している現場が反発し、独断専行を行う。そして、全体としては現場の判断の方が正しいのだが、独断専行のため指揮系統は混乱する。
言うまでもなく、組織としては完全に落第である。政治というものは徹底的に結果だけが評価されるので、今回の一件も、結果オーライではある。が、これが常態化するようになると、関東軍の暴走がまた始まることになり、更に大きな失敗を生むことになる。
責められるべきは、もちろん独断専行した現場だが、一番の問題となっているのは上層部の無能であろう。現場の責任は上層部が問えるが、上層部の無能は誰が糺すのか?
戦前の場合、誰もそれを行おうとはしなかった。組織としての日本帝国は、意思決定や責任の所在が不明瞭なまま、戦争へと突入する。この当時、プレイヤーだった政府、議会、海軍、陸軍、天皇、重臣のいずれも、この問題を解決しようとはしなかったわけだ。
今は、プレイヤーは政府、議会、企業ということになろうが、戦前とは異なり、天皇と重臣に代わって、国民というものが入っているのではなかろうか。となると、国民には何ができるのだろう。
2011年4月16日土曜日
卯月十六日 ハード&ソフトディフェンス
東日本の震災が起こるずっと前、首都移転論が活発に議論されていたころから思っていたことだが、東京への一極集中は、危機管理の観点からはかなりまずいのではないかと考えている。
僕が想定する「危機」の一番極端な例は、「核攻撃をくらっても国家機能を存続させられる」というもの。
首都がクレーターに変わっても、日本全体としては機能し、活動し続けられなければならない。
まぁ、ここまで極端な話でなくても、第二次関東大震災とか、もっと穏当な想定はいくらでもできるが、あまり意味はないと思う。自分にとって都合のいい想定でシミュレーションを行うことなど、まったく無意味であるからだ。
この意味で僕が批判されるべき例として考えているのは、ミッドウェー海戦前に行った図演で、史実で被るのと同程度の損害が出るとの結果が出ると、統裁役を務めた宇垣纏が損害を不当に低く裁定してそれを無視し、それがミッドウェーでの敗北につながったという話がある(ただし、Wikipediaの記事によれば、これは宇垣ひとりの判断ではないらしいし、またミッドウェーの敗北はこのことひとつに原因があるわけではない。まぁ、そうだとしてもシミュレーションの結果を捻じ曲げたという事実は動かないが)。
もちろん、不当に損害を大きくしても仕方がない。宇宙人が侵略してくるとかマグニチュード10の地震が起こるとかのあり得ない想定に対して心配するのは、労力の無駄というものである。
概して、後者は素人が、前者は玄人が、それぞれこうした罠にはまりやすいように思える。
今回の地震の場合、大地震と大津波との複合型の打撃だった。それぞれ、想定されていた(少なくともその可能性を示す専門家はいた)のだから、こうした災害は、想定されるべきものだったはずである。
想定されていたにもかかわらず、対処されていなかったのは、コスト的に割に合わないと判断されていたからだろう。こうした保険の類は、災害が起こらなければ無駄になるので、どうしても二の足を踏みたくなってくる。
民主党が仕分けで切った「スーパー堤防」も、コストエフェクティブネスではないから切られたわけである。実際、高さ10mの防波堤で日本を取り巻いたところで、高さ20mの津波が来たら意味がないとあっては、二の足を踏むのは当然であろうし、高さ40mの堤防となると、津波が来る前に日本が滅んでしまいかねない。
東京の石原都知事が主張する防災都市東京という概念も、基本的にはこのスーパー堤防と同じようなものではないかと思う。基本的な発想が、「想定の範囲内の災害」が起きるので、それに耐えられる街づくりを行えば大丈夫というものである。軍艦でいえば、ハードディフェンスというやつだ。
僕なんかは、同じく軍艦の防御思想でいえばソフトディフェンスを取り入れるべきではないかと考えている。
つまり、ある程度までの防御は整えておく(たとえば50年に一回起こる程度の災害には耐えられる)が、それ以上の災害が起きた場合、災害が起きた場所は一時的に機能を停止することを覚悟し、間接的な手段により防御する。基幹機能の分散と指揮統制システムの柔軟化が中心になるのだろう。
具体的には、首都機能を代替できるシステムを、日本の随所(最悪でも一か所)に設けておく。首都機能が停止した場合、「自動的」に指揮権は代替システムから発せられることとなる。また、上位からのトップダウンによらず、道府県レヴェルで一定の権限を振るえるようにしておく。おそらくは、道州制を採用してそこにこうした権限をゆだねる必要が出てくるだろう。
重要なのは、指揮系統にある程度の損害が生じた場合、こうした対応を「自動的」に行えるようにしておかねばならないという点である。中央の指揮能力が維持できている場合は必要ないが、そもそも中央に指揮権が集中しすぎていること自体がよろしくない。一定の権限は、現地の指揮権者(たとえば知事)などが、あらかじめ持っておくべきだろう。
結論は、地方分権を進め、非常事態用の法体系の整備を行っておくことである。相応のコストはかかるが、国中をハードディフェンスで鎧ってしまうよりは安上がりのはずである。
が、政治的なコストは非常に高い。中央集権の緩和や東京一極集中の見直しなどは、猛烈な抵抗を浴びることになるだろう。
民主と自民の大連立政権は、これを成し遂げるだけの能力を与える可能性を秘めていると思うが、まず、民主党の側に、小沢一郎を除いてここまでのグランドデザインを行える人物がいないこと、小沢と自民党の側は、ハードディフェンス志向があると予想されること(要するに土建屋万歳政策である)から、ソフトディフェンスへの移行は難しいのではないかと思う。
要するに、ここまでの文章は「チラシの裏」というわけである。2chでよく使われるもう一つの表現は、「ブログでやれ」なので、ブログで書いた。もちろん、もとよりよそで書いたりしゃべったりするつもりもないが。
僕が想定する「危機」の一番極端な例は、「核攻撃をくらっても国家機能を存続させられる」というもの。
首都がクレーターに変わっても、日本全体としては機能し、活動し続けられなければならない。
まぁ、ここまで極端な話でなくても、第二次関東大震災とか、もっと穏当な想定はいくらでもできるが、あまり意味はないと思う。自分にとって都合のいい想定でシミュレーションを行うことなど、まったく無意味であるからだ。
この意味で僕が批判されるべき例として考えているのは、ミッドウェー海戦前に行った図演で、史実で被るのと同程度の損害が出るとの結果が出ると、統裁役を務めた宇垣纏が損害を不当に低く裁定してそれを無視し、それがミッドウェーでの敗北につながったという話がある(ただし、Wikipediaの記事によれば、これは宇垣ひとりの判断ではないらしいし、またミッドウェーの敗北はこのことひとつに原因があるわけではない。まぁ、そうだとしてもシミュレーションの結果を捻じ曲げたという事実は動かないが)。
もちろん、不当に損害を大きくしても仕方がない。宇宙人が侵略してくるとかマグニチュード10の地震が起こるとかのあり得ない想定に対して心配するのは、労力の無駄というものである。
概して、後者は素人が、前者は玄人が、それぞれこうした罠にはまりやすいように思える。
今回の地震の場合、大地震と大津波との複合型の打撃だった。それぞれ、想定されていた(少なくともその可能性を示す専門家はいた)のだから、こうした災害は、想定されるべきものだったはずである。
想定されていたにもかかわらず、対処されていなかったのは、コスト的に割に合わないと判断されていたからだろう。こうした保険の類は、災害が起こらなければ無駄になるので、どうしても二の足を踏みたくなってくる。
民主党が仕分けで切った「スーパー堤防」も、コストエフェクティブネスではないから切られたわけである。実際、高さ10mの防波堤で日本を取り巻いたところで、高さ20mの津波が来たら意味がないとあっては、二の足を踏むのは当然であろうし、高さ40mの堤防となると、津波が来る前に日本が滅んでしまいかねない。
東京の石原都知事が主張する防災都市東京という概念も、基本的にはこのスーパー堤防と同じようなものではないかと思う。基本的な発想が、「想定の範囲内の災害」が起きるので、それに耐えられる街づくりを行えば大丈夫というものである。軍艦でいえば、ハードディフェンスというやつだ。
僕なんかは、同じく軍艦の防御思想でいえばソフトディフェンスを取り入れるべきではないかと考えている。
つまり、ある程度までの防御は整えておく(たとえば50年に一回起こる程度の災害には耐えられる)が、それ以上の災害が起きた場合、災害が起きた場所は一時的に機能を停止することを覚悟し、間接的な手段により防御する。基幹機能の分散と指揮統制システムの柔軟化が中心になるのだろう。
具体的には、首都機能を代替できるシステムを、日本の随所(最悪でも一か所)に設けておく。首都機能が停止した場合、「自動的」に指揮権は代替システムから発せられることとなる。また、上位からのトップダウンによらず、道府県レヴェルで一定の権限を振るえるようにしておく。おそらくは、道州制を採用してそこにこうした権限をゆだねる必要が出てくるだろう。
重要なのは、指揮系統にある程度の損害が生じた場合、こうした対応を「自動的」に行えるようにしておかねばならないという点である。中央の指揮能力が維持できている場合は必要ないが、そもそも中央に指揮権が集中しすぎていること自体がよろしくない。一定の権限は、現地の指揮権者(たとえば知事)などが、あらかじめ持っておくべきだろう。
結論は、地方分権を進め、非常事態用の法体系の整備を行っておくことである。相応のコストはかかるが、国中をハードディフェンスで鎧ってしまうよりは安上がりのはずである。
が、政治的なコストは非常に高い。中央集権の緩和や東京一極集中の見直しなどは、猛烈な抵抗を浴びることになるだろう。
民主と自民の大連立政権は、これを成し遂げるだけの能力を与える可能性を秘めていると思うが、まず、民主党の側に、小沢一郎を除いてここまでのグランドデザインを行える人物がいないこと、小沢と自民党の側は、ハードディフェンス志向があると予想されること(要するに土建屋万歳政策である)から、ソフトディフェンスへの移行は難しいのではないかと思う。
要するに、ここまでの文章は「チラシの裏」というわけである。2chでよく使われるもう一つの表現は、「ブログでやれ」なので、ブログで書いた。もちろん、もとよりよそで書いたりしゃべったりするつもりもないが。
2011年3月16日水曜日
弥生十六日 470ミリSv
マーフィーの法則などで言われていることだが、往々にして悪い予感ほど当たるものである。
福島第一原子力発電所の状況は、きわめて悪いようだ。
毎日新聞の記事によれば、15日10時22分、3号機付近で400ミリSvの放射線量を記録したとのことである。
つまり、炉の中はもっと酷いわけである。
作業員がどうしているのか心配だったのだが、読売新聞の記事からもかなり悪いことが窺える。
12日午後、高圧になった1号機の格納容器内の蒸気を逃がすための弁が開放された。格納容器に亀裂が入る最悪の事態はまぬがれた。その弁を開ける作業にあたった男性は、100ミリ・シーベルト以上の放射線を浴び、吐き気やだるさを訴えて病院へ搬送された。
もともと、この作業では、大量の放射線を浴びる危険があった。このため、1号機の構造に詳しいベテラン社員である当直長が作業を担当。「タイベック」と呼ばれる特殊な全身つなぎ服とマスクを身につけ、手早く弁を開けたが、10分超で一般人が1年に浴びてもいい放射線量の100倍にあたる放射線を浴びた。
ということで、本来、緊急時に一時的に浴びることのみが許される100ミリSvを連続して浴び、悪いときには400ミリSvに達するというわけである。
というわけで、同じく読売新聞の記事によると、厚労省はこの原発処理に限り、100ミリSvから250ミリSvに引き上げる処置を下した。記事によると、
放射線の専門家でつくる「国際放射線防護委員会」が示す国際基準では、緊急作業時の例外的な被曝線量の限度は約500ミリ・シーベルト。厚労省によると、250ミリ・シーベルト以下で健康被害が出たという明らかな知見はないといい、同省は「被曝した作業員の健康管理には万全を期す」としている。
とのことである。
こうした記事は、抑制的に報道を行っている大手メディアに依るものであり、実態はもっと酷いかも知れない。普通に考えれば、酷いと考えるべきだろう。
2chがソースなので信憑性に難はあるが、実際に作業している人の書き込みとされるものがまとめられている。IDから察するに、携帯から書き込まれているようだ。
47万マイクロSv(470ミリSv)の環境下、90人程度の作業員が、20人程度のグループに分かれ、8~10秒交替で弁の開放作業に従事している。つまりほぼ一分交替である。実質的にほとんど連続的に被曝している状態である。
弁は、どうやら海水の塩分のために動かない状態らしい。海水注入は、本来ならば一回限りの緊急避難的措置であり、今回のように連続して注入するという事態が想定外だったのだろう。
冷却系が麻痺している現状では、定期的に弁を開放して水素を逃さねばならない。
しかるに、弁の周辺はほぼ限界の放射線量となっている。
炉の状況が安定するまで、人間をすり潰して作業を進めるしかない(進めないと格納容器が破壊され、チェルノブイリが再現される)わけだが、どの程度の時間が必要なのか。
再び毎日新聞の記事によると、
住田健二・大阪大名誉教授(原子炉工学)は「とにかく水を入れ続けなければならない。あと1~2日も注水すれば、燃料棒からの発熱も減って、今よりも条件が改善される。これ以上の燃料の溶解を防ぎ高い放射線レベルの核分裂生成物も出なくなる。事業者が責任を持って取り組むべき問題だ」と話す。
とのことである。つまり、16日一杯はこの作業を続ける必要があるということだろうか。
それまで、水素を適切に放出できて大規模な爆発が起きず、冷却水を注入し続けてメルトダウンが進行しなければ、の話だが。
いまだにトラウマ気味の『がらくた屋まん太』の原発事故処理の話を彷彿とさせてきたなぁ。あそこまで酷くはないだろうけど。というか、あの話はチェルノブイリクラスのハザードだったから、災害の規模が違うか。
しかし、ここで悪い目を追加で幾つか出せば、チャイナ・シンドロームに至るかも知れないわけで。
他人事のように、頑張ってくれ、としか言いようがないのがもどかしい。
これが若狭湾あたりの話だとしたら、京都までだいたい100Km。福島第一から仙台ぐらいの距離である。
僕が仮に仙台に住んでいるとした場合、こんな他人事みたいにしていられただろうか? いやまぁ、仙台に住んでいたら、まず地震の方で手一杯になっていただろうが。
福島第一原子力発電所の状況は、きわめて悪いようだ。
毎日新聞の記事によれば、15日10時22分、3号機付近で400ミリSvの放射線量を記録したとのことである。
つまり、炉の中はもっと酷いわけである。
作業員がどうしているのか心配だったのだが、読売新聞の記事からもかなり悪いことが窺える。
12日午後、高圧になった1号機の格納容器内の蒸気を逃がすための弁が開放された。格納容器に亀裂が入る最悪の事態はまぬがれた。その弁を開ける作業にあたった男性は、100ミリ・シーベルト以上の放射線を浴び、吐き気やだるさを訴えて病院へ搬送された。
もともと、この作業では、大量の放射線を浴びる危険があった。このため、1号機の構造に詳しいベテラン社員である当直長が作業を担当。「タイベック」と呼ばれる特殊な全身つなぎ服とマスクを身につけ、手早く弁を開けたが、10分超で一般人が1年に浴びてもいい放射線量の100倍にあたる放射線を浴びた。
ということで、本来、緊急時に一時的に浴びることのみが許される100ミリSvを連続して浴び、悪いときには400ミリSvに達するというわけである。
というわけで、同じく読売新聞の記事によると、厚労省はこの原発処理に限り、100ミリSvから250ミリSvに引き上げる処置を下した。記事によると、
放射線の専門家でつくる「国際放射線防護委員会」が示す国際基準では、緊急作業時の例外的な被曝線量の限度は約500ミリ・シーベルト。厚労省によると、250ミリ・シーベルト以下で健康被害が出たという明らかな知見はないといい、同省は「被曝した作業員の健康管理には万全を期す」としている。
とのことである。
こうした記事は、抑制的に報道を行っている大手メディアに依るものであり、実態はもっと酷いかも知れない。普通に考えれば、酷いと考えるべきだろう。
2chがソースなので信憑性に難はあるが、実際に作業している人の書き込みとされるものがまとめられている。IDから察するに、携帯から書き込まれているようだ。
47万マイクロSv(470ミリSv)の環境下、90人程度の作業員が、20人程度のグループに分かれ、8~10秒交替で弁の開放作業に従事している。つまりほぼ一分交替である。実質的にほとんど連続的に被曝している状態である。
弁は、どうやら海水の塩分のために動かない状態らしい。海水注入は、本来ならば一回限りの緊急避難的措置であり、今回のように連続して注入するという事態が想定外だったのだろう。
冷却系が麻痺している現状では、定期的に弁を開放して水素を逃さねばならない。
しかるに、弁の周辺はほぼ限界の放射線量となっている。
炉の状況が安定するまで、人間をすり潰して作業を進めるしかない(進めないと格納容器が破壊され、チェルノブイリが再現される)わけだが、どの程度の時間が必要なのか。
再び毎日新聞の記事によると、
住田健二・大阪大名誉教授(原子炉工学)は「とにかく水を入れ続けなければならない。あと1~2日も注水すれば、燃料棒からの発熱も減って、今よりも条件が改善される。これ以上の燃料の溶解を防ぎ高い放射線レベルの核分裂生成物も出なくなる。事業者が責任を持って取り組むべき問題だ」と話す。
とのことである。つまり、16日一杯はこの作業を続ける必要があるということだろうか。
それまで、水素を適切に放出できて大規模な爆発が起きず、冷却水を注入し続けてメルトダウンが進行しなければ、の話だが。
いまだにトラウマ気味の『がらくた屋まん太』の原発事故処理の話を彷彿とさせてきたなぁ。あそこまで酷くはないだろうけど。というか、あの話はチェルノブイリクラスのハザードだったから、災害の規模が違うか。
しかし、ここで悪い目を追加で幾つか出せば、チャイナ・シンドロームに至るかも知れないわけで。
他人事のように、頑張ってくれ、としか言いようがないのがもどかしい。
これが若狭湾あたりの話だとしたら、京都までだいたい100Km。福島第一から仙台ぐらいの距離である。
僕が仮に仙台に住んでいるとした場合、こんな他人事みたいにしていられただろうか? いやまぁ、仙台に住んでいたら、まず地震の方で手一杯になっていただろうが。
2011年3月13日日曜日
弥生十三日 福島第一原子力発電所
地震直後の段階では、「死者が1000人を越えることはないと思う」と書いたが、どうも二桁ほど間違えたらしい。確かこの時点では死者がまだ百人ちょっと程度確認されたという状況だったと思う。
阪神の時にも、時間の経過と共に死傷者数が跳ね上がっていったことを思い返せば、そんな程度で済むわけはないというべきか。
正直なところ、関東や阪神の震災の時と異なり、大都市圏以外の地域で起きる地震で、これほど人が死ぬとは思わなかった。が、二万人以上の死者を出した明治三陸地震の時のように、この地方では津波による死者が多発しやすい。都市型の地震では建物が火災を起こしたり崩れたりすることで死傷者が出るが、沿岸部の場合は津波によって丸ごとやられてしまうという訳であろう。
さて、どの程度の人的被害が出るのだろうか。ちょっと想像が付かない。
昨日から今日にかけては、福島第一原発の状況がどうなるのかが関心の集まるところだった。
現状から見ている限り、国際原子力事象評価尺度でいうLv6、つまりスリーマイル島事故より酷いものになるのではなかろうか。
廃炉覚悟で海水を注入することで、格納容器外への被害を出さないようにする(格納容器が壊れるとLv7──チェルノブイリクラスとなる)わけだが、おそらく随所にひび割れなどが出来ているのだろうが、冷却水の水位を維持できないでいる。
現在出ている放射性物質は、冷却水が不足し、一次冷却水から生じた水蒸気が気密を破って出たためのものだ。気密を破ったのは、格納容器損壊を防ぐための窮余の一策らしいので、これはある意味覚悟の上でのものであり、作業側のコントロール範囲である。つまり、あまり心配は要らない。
僕が心配している問題はみっつある。
ひとつは、コントロールできなくなった場合。冷却水の供給が不可能となり、メルトダウンが起き、格納容器が壊れてチェルノブイリの地獄が再現された場合である。
言うまでもなく、最大の努力を払って食い止めようとしているのはこちらだ。そして、おそらくそれは可能だろう。海水の供給という最後の手段を打てる限り、冷却状態はかろうじてではあっても食い止められれる。
で、もうひとつは、上の過程において、どの程度の被曝が生じるかという点である。これはさらに二つに分けられる。ひとつは、圧力を逃がすために追加の蒸気放出が行われる事によるもの。主な被曝者は民間人となる。人体に対する放射線の影響は、「一般公衆が一年間にさらされてよい放射線の限度」として1ミリSv。スリーマイル島事故の時には、周辺住民の被曝量は1ミリSv以下だったらしいから、逆に言えばスリーマイル島事故程度の被害であれば、問題ないと考えて良いだろう。
で、もう一方は作業者の被曝。毎日新聞の記事によると、13日13時52分には1557.5マイクロSv(つまり1.5575ミリSv)の線量を確認しているそうな。どこで計測されたものか記事には載っていなかったが、おそらく容器のすぐ外あたりだろうか。これはすぐに下がったので、一時的に水蒸気が漏れたかどうかしたためだろう。
先ほどの被曝許容量の表によると、放射線業務従事者が一回の作業で曝されて良い線量の上限は100ミリSv(ちなみにX線CTによる被曝量は一回7~20ミリSv)。一年間なら50ミリ、三ヶ月なら5ミリ程度となるが、長期間の作業であれば交代も効くのであまり問題はない。
もっとも、一日あたりを考えると、三ヶ月許容量から単純に換算すると56マイクロSv、年間許容量だった場合でも137マイクロSvとなり、その意味では宜しくない(言うまでもないが、作業員が交替をしない場合であり、現実的にはあまり意味がない計算である)。
詰まるところ、現状程度の被曝であれば、長期間続くことが無く、適切に交替出来るのであれば問題ないといえる。もちろん、これ以上原子炉の状況が悪化しないという前提だが。
ただ、ここに至るまでに、無理な作業をしていないかどうかが気になる。していないと祈りたいところだが。
みっつめは、事後の問題である。果たして、原発に対する国民の意識はどうなるのだろうか。地震以前の時点で、すでに好感情は抱けていないという状況だった。スリーマイルの時には、この事故のためにアメリカにおける原発建設は中断を余儀なくされた。
日本の場合、東海村の事故などがあったが、あれはあくまで作業員の不手際によるものである。ヒューマンエラーに依らない今回のような災害は、ある意味防ぎようがない。こんな地震は百年に一度だの千年に一度だのというセリフは、原発が置かれた地域の住民にとっては何の慰めにもならないだろう。
電力は必要だが、原発は置けない。今回の災害で福島第一原発は幾つかの炉が廃炉となるが、その跡地に新設できるのだろうか?
よほど上手くやらないと、後始末の方が大変なのでは無かろうかと思うわけである。
阪神の時にも、時間の経過と共に死傷者数が跳ね上がっていったことを思い返せば、そんな程度で済むわけはないというべきか。
正直なところ、関東や阪神の震災の時と異なり、大都市圏以外の地域で起きる地震で、これほど人が死ぬとは思わなかった。が、二万人以上の死者を出した明治三陸地震の時のように、この地方では津波による死者が多発しやすい。都市型の地震では建物が火災を起こしたり崩れたりすることで死傷者が出るが、沿岸部の場合は津波によって丸ごとやられてしまうという訳であろう。
さて、どの程度の人的被害が出るのだろうか。ちょっと想像が付かない。
昨日から今日にかけては、福島第一原発の状況がどうなるのかが関心の集まるところだった。
現状から見ている限り、国際原子力事象評価尺度でいうLv6、つまりスリーマイル島事故より酷いものになるのではなかろうか。
廃炉覚悟で海水を注入することで、格納容器外への被害を出さないようにする(格納容器が壊れるとLv7──チェルノブイリクラスとなる)わけだが、おそらく随所にひび割れなどが出来ているのだろうが、冷却水の水位を維持できないでいる。
現在出ている放射性物質は、冷却水が不足し、一次冷却水から生じた水蒸気が気密を破って出たためのものだ。気密を破ったのは、格納容器損壊を防ぐための窮余の一策らしいので、これはある意味覚悟の上でのものであり、作業側のコントロール範囲である。つまり、あまり心配は要らない。
僕が心配している問題はみっつある。
ひとつは、コントロールできなくなった場合。冷却水の供給が不可能となり、メルトダウンが起き、格納容器が壊れてチェルノブイリの地獄が再現された場合である。
言うまでもなく、最大の努力を払って食い止めようとしているのはこちらだ。そして、おそらくそれは可能だろう。海水の供給という最後の手段を打てる限り、冷却状態はかろうじてではあっても食い止められれる。
で、もうひとつは、上の過程において、どの程度の被曝が生じるかという点である。これはさらに二つに分けられる。ひとつは、圧力を逃がすために追加の蒸気放出が行われる事によるもの。主な被曝者は民間人となる。人体に対する放射線の影響は、「一般公衆が一年間にさらされてよい放射線の限度」として1ミリSv。スリーマイル島事故の時には、周辺住民の被曝量は1ミリSv以下だったらしいから、逆に言えばスリーマイル島事故程度の被害であれば、問題ないと考えて良いだろう。
で、もう一方は作業者の被曝。毎日新聞の記事によると、13日13時52分には1557.5マイクロSv(つまり1.5575ミリSv)の線量を確認しているそうな。どこで計測されたものか記事には載っていなかったが、おそらく容器のすぐ外あたりだろうか。これはすぐに下がったので、一時的に水蒸気が漏れたかどうかしたためだろう。
先ほどの被曝許容量の表によると、放射線業務従事者が一回の作業で曝されて良い線量の上限は100ミリSv(ちなみにX線CTによる被曝量は一回7~20ミリSv)。一年間なら50ミリ、三ヶ月なら5ミリ程度となるが、長期間の作業であれば交代も効くのであまり問題はない。
もっとも、一日あたりを考えると、三ヶ月許容量から単純に換算すると56マイクロSv、年間許容量だった場合でも137マイクロSvとなり、その意味では宜しくない(言うまでもないが、作業員が交替をしない場合であり、現実的にはあまり意味がない計算である)。
詰まるところ、現状程度の被曝であれば、長期間続くことが無く、適切に交替出来るのであれば問題ないといえる。もちろん、これ以上原子炉の状況が悪化しないという前提だが。
ただ、ここに至るまでに、無理な作業をしていないかどうかが気になる。していないと祈りたいところだが。
みっつめは、事後の問題である。果たして、原発に対する国民の意識はどうなるのだろうか。地震以前の時点で、すでに好感情は抱けていないという状況だった。スリーマイルの時には、この事故のためにアメリカにおける原発建設は中断を余儀なくされた。
日本の場合、東海村の事故などがあったが、あれはあくまで作業員の不手際によるものである。ヒューマンエラーに依らない今回のような災害は、ある意味防ぎようがない。こんな地震は百年に一度だの千年に一度だのというセリフは、原発が置かれた地域の住民にとっては何の慰めにもならないだろう。
電力は必要だが、原発は置けない。今回の災害で福島第一原発は幾つかの炉が廃炉となるが、その跡地に新設できるのだろうか?
よほど上手くやらないと、後始末の方が大変なのでは無かろうかと思うわけである。
2011年3月11日金曜日
弥生十一日 宮城地震
たまたま仕事を休んでおとなしくしていたのだが、京都では全然分からなかった。
正確には、東北地方太平洋沖地震というらしいが、東日本大地震とかいうらしい。
M8.9というが、それよりも最大震度7といった方が、受けるダメージを直感的に理解しやすい。
最終的に死者が1000人を越えることはないと思うが、かなりの損害が出るだろう。
この地震そのものについてより、菅内閣の延命に役に立ちそうだなというのが最初の感想だった。
ここしばらく、ガタガタだったわけだが、これで野党も総辞職を狙いにくくなるだろう。
一ヶ月程度は休戦が成立しそうである。
正確には、東北地方太平洋沖地震というらしいが、東日本大地震とかいうらしい。
M8.9というが、それよりも最大震度7といった方が、受けるダメージを直感的に理解しやすい。
最終的に死者が1000人を越えることはないと思うが、かなりの損害が出るだろう。
この地震そのものについてより、菅内閣の延命に役に立ちそうだなというのが最初の感想だった。
ここしばらく、ガタガタだったわけだが、これで野党も総辞職を狙いにくくなるだろう。
一ヶ月程度は休戦が成立しそうである。
2011年3月6日日曜日
弥生六日 ラノベの定義
舞阪洸の『鋼鉄の白兎騎士団』を読んでいる。
今のところ、七巻まで読了。
なかなかに面白い。舞台は中世ヨーロッパ風の架空世界に、うら若き美少女ばかりの騎士団が繰り広げるあれやこれ、という掃いて捨てるほどあるようなものだが、それだけに細かい部分での話の持って行き方を上手くこなしている。
鉄の棍棒と変わらないような中世ヨーロッパの剣を振り回せるのかとかはご愛敬。美少女ばかりというのは、騎士団の守護神の女神様がそういう趣味だから仕方がない。ギリシアのアルテミスみたいなものだ。
ウソ設定が入るのは、ある程度は仕方がないことであり、それに対して如何にエクスキューズを付けるのかという方が大事である。
ポイントはそういう方向でのリアリティではなく、主人公の繰り出すちょとしたトリックやなんやらで苦境を一挙挽回という……やはりよくある展開なのだが、嫌味にならない程度にどんでん返しの部分を伏せて、表にするタイミングを計っているので、読んでいて不愉快にはならない。
なんかこう書いていると、いかにもありきたりな内容の小説を、ひねくれたオッサンが偉そうに講釈付けているようであり、またそれはかなりの部分で事実でもあるのだが、エンターテイメントの本分は読む人を楽しませるという点にあるというあたりからは一歩も外れていない。
女の子の入浴シーンばかりで、ほっとんど男は出てこないし、たまに出てきても悪役か、あるいはショタ王子様だったりするあたりが何ともあざといが、あざとかろうが正義は正義である。
このあたり、イギリスのアーサー王伝説や日本の平家物語とかの、昔から様々な人々に愛されてきたエンターテイメント文学とまさに一致する。リアリズムやオリジナリティよりも、楽しいのが正義なのである。
ライトノベルという語を耳にするようになって久しいが、未だその定義するものがよく分からない。
Wikipediaにあった2chラノベ板の「あなたがライトノベルと思うものがライトノベルです。ただし、他人の賛同を得られるとは限りません。」という定義が、一番しっくり来るとおもう。要するに、定義なんて無いということだ。
まぁ、あえて僕が「ライトノベルと思うもの」の定義を挙げるなら、上でも書いた「リアリズムやオリジナリティよりも、楽しいのが正義」な小説ということになろうか。
ところで、先ほど腹筋をしてみた。あまりの運動不足で人としてどうかとか思ったわけではなく、何となくやってみただけのことである。ちなみに運動不足云々は全くの事実である。
結果、30回ほどで音を上げた。
以前、かつて弓道部に所属しており、いまでも筋トレは欠かさないという職場の同僚と話をしていて、腹筋するときに留意すべき事柄として、背筋で身体を持ち上げないということが大事だと教わった。
つまるところ筋肉とは縮むか伸びるかのどちらかしか行えないわけであり、仰向けに寝転がった状態から起きあがるには、普通に考えれば腹筋を縮める事によって、上体を持ち上げる。
が、背筋を延ばすことによっても可能である。
普通は効率が悪いのでそんなことはしないのだが、腹筋が疲れてくると、無意識のうちにそうなるということである。腹筋するときには自分の腹筋に意識を集中しろと良く言われるが、背筋を使うのを防ぐためらしい。
というわけで、それに留意してみたところ、なるほどきつい。
数年前、50回ぐらいをワンセットとして腹筋をしていた時期があったが、今にして思えば、おそらく背筋の力を借りていたのだろう。
今回は30回ほどしかできなかったが、1日に3回ぐらいなんとか続けてみれば、しばらくすれば50回ぐらいは出来るようになるだろう。出来ればどうだというわけでもないが、気分転換にそういうのも良いという気もする。
今のところ、七巻まで読了。
なかなかに面白い。舞台は中世ヨーロッパ風の架空世界に、うら若き美少女ばかりの騎士団が繰り広げるあれやこれ、という掃いて捨てるほどあるようなものだが、それだけに細かい部分での話の持って行き方を上手くこなしている。
鉄の棍棒と変わらないような中世ヨーロッパの剣を振り回せるのかとかはご愛敬。美少女ばかりというのは、騎士団の守護神の女神様がそういう趣味だから仕方がない。ギリシアのアルテミスみたいなものだ。
ウソ設定が入るのは、ある程度は仕方がないことであり、それに対して如何にエクスキューズを付けるのかという方が大事である。
ポイントはそういう方向でのリアリティではなく、主人公の繰り出すちょとしたトリックやなんやらで苦境を一挙挽回という……やはりよくある展開なのだが、嫌味にならない程度にどんでん返しの部分を伏せて、表にするタイミングを計っているので、読んでいて不愉快にはならない。
なんかこう書いていると、いかにもありきたりな内容の小説を、ひねくれたオッサンが偉そうに講釈付けているようであり、またそれはかなりの部分で事実でもあるのだが、エンターテイメントの本分は読む人を楽しませるという点にあるというあたりからは一歩も外れていない。
女の子の入浴シーンばかりで、ほっとんど男は出てこないし、たまに出てきても悪役か、あるいはショタ王子様だったりするあたりが何ともあざといが、あざとかろうが正義は正義である。
このあたり、イギリスのアーサー王伝説や日本の平家物語とかの、昔から様々な人々に愛されてきたエンターテイメント文学とまさに一致する。リアリズムやオリジナリティよりも、楽しいのが正義なのである。
ライトノベルという語を耳にするようになって久しいが、未だその定義するものがよく分からない。
Wikipediaにあった2chラノベ板の「あなたがライトノベルと思うものがライトノベルです。ただし、他人の賛同を得られるとは限りません。」という定義が、一番しっくり来るとおもう。要するに、定義なんて無いということだ。
まぁ、あえて僕が「ライトノベルと思うもの」の定義を挙げるなら、上でも書いた「リアリズムやオリジナリティよりも、楽しいのが正義」な小説ということになろうか。
ところで、先ほど腹筋をしてみた。あまりの運動不足で人としてどうかとか思ったわけではなく、何となくやってみただけのことである。ちなみに運動不足云々は全くの事実である。
結果、30回ほどで音を上げた。
以前、かつて弓道部に所属しており、いまでも筋トレは欠かさないという職場の同僚と話をしていて、腹筋するときに留意すべき事柄として、背筋で身体を持ち上げないということが大事だと教わった。
つまるところ筋肉とは縮むか伸びるかのどちらかしか行えないわけであり、仰向けに寝転がった状態から起きあがるには、普通に考えれば腹筋を縮める事によって、上体を持ち上げる。
が、背筋を延ばすことによっても可能である。
普通は効率が悪いのでそんなことはしないのだが、腹筋が疲れてくると、無意識のうちにそうなるということである。腹筋するときには自分の腹筋に意識を集中しろと良く言われるが、背筋を使うのを防ぐためらしい。
というわけで、それに留意してみたところ、なるほどきつい。
数年前、50回ぐらいをワンセットとして腹筋をしていた時期があったが、今にして思えば、おそらく背筋の力を借りていたのだろう。
今回は30回ほどしかできなかったが、1日に3回ぐらいなんとか続けてみれば、しばらくすれば50回ぐらいは出来るようになるだろう。出来ればどうだというわけでもないが、気分転換にそういうのも良いという気もする。
2011年1月27日木曜日
睦月廿七日
さて、研究の方だが、あまり芳しくない。
行き詰まっていると言うよりは、単に時間をかけてやっていないというだけのことである。
思うに、一日2時間程度の割合でデジタライズ作業を続けており、これがよろしくない。
確かにそれなりの成果は出ており、現在で単行本400冊、雑誌100冊を片付けている。
スキャナを導入したのが11月上旬。いまで約3ヶ月弱経っているわけである。
つまり、一日平均5.5冊の割合で処理していることになる。一回に処理する冊数は、基本的に10冊なので、おおむね隔日作業を行っている計算になる。
で、デジタライズ作業は、それなりに神経を消耗させる。古い本だと、ダブルフィードがやたら多いのだ。
古い本は、経年劣化か本の上に本を積み上げすぎたからか、本のてっぺん部分がギザギザになってしまっており、そのためきっちりと紙送りが為されないのが原因である。
もうひとつの原因は、紙送りを重力に頼っているため、デフォルトの状態だと急角度過ぎて二枚目が送られやすくなっていることにある。
対策としては、ひとつめについては、本を裁断する際に天の部分を2mm程度切っておくことがある程度有効である。結構忘れてたり、また一見したところ綺麗な天になっているため、大丈夫だろうと思っていた本が実はダメだったりするということもあるので、油断が出来ない。
ふたつめについては、台を作ろうかと思っている。30度程度の角度を持つ台を噛ませておけば、紙送り側はほぼ水平になる。これがどの程度効果があるのかは不明だが、足下に本を挟んで軽く角度を付けるだけでも、それなりに効果があるらしいので、やはり意味はあるはずである。
とまぁ、こんな感じで現時点では結構気を使う。気を使うと漢文などと向き合う気にはなれなくなる。MPを消費するのだよ。
が、やる気を削られていた理由のひとつが年末年始の多忙にあったことは確かなのだから、2月と3月は比較的気合いを入れられるかも知れない。というか、この時期に進められないと、今年中に一本発表するという目標を達成できなくなってしまう。
というか、実の所、今年は無理かも知れないと思っている。
やはりこれまで慣れてきた広東というステージから中国全土にまで風呂敷を広げると、方法論は同じであっても、かなりの情報をこなさなければならなくなる。
まぁ、所詮は作業なのだが、作業をこなすには根性(MP)が必要なので、その根性に不足する現在は、あまり宜しくない。
かといって、本の裁断を止めるのも気が引ける。
作業を続けていて思ったのだが、部屋が少しずつ片付いていくにつれ、頭がまともに働くような気がしてきたのだ。かなりの部分までは気のせいなのだが、確かに論文や史料を発掘するのに一苦労という状態では、精神衛生に悪い。もう少し部屋のスペースと精神衛生状態の改善を図る必要は、確かにある。
差しあたりは上手く両立させてくださいとしか言えないのが残念なところ。まぁ、工夫の建て方は見えてきているので、もう少し頑張ることにしよう。
行き詰まっていると言うよりは、単に時間をかけてやっていないというだけのことである。
思うに、一日2時間程度の割合でデジタライズ作業を続けており、これがよろしくない。
確かにそれなりの成果は出ており、現在で単行本400冊、雑誌100冊を片付けている。
スキャナを導入したのが11月上旬。いまで約3ヶ月弱経っているわけである。
つまり、一日平均5.5冊の割合で処理していることになる。一回に処理する冊数は、基本的に10冊なので、おおむね隔日作業を行っている計算になる。
で、デジタライズ作業は、それなりに神経を消耗させる。古い本だと、ダブルフィードがやたら多いのだ。
古い本は、経年劣化か本の上に本を積み上げすぎたからか、本のてっぺん部分がギザギザになってしまっており、そのためきっちりと紙送りが為されないのが原因である。
もうひとつの原因は、紙送りを重力に頼っているため、デフォルトの状態だと急角度過ぎて二枚目が送られやすくなっていることにある。
対策としては、ひとつめについては、本を裁断する際に天の部分を2mm程度切っておくことがある程度有効である。結構忘れてたり、また一見したところ綺麗な天になっているため、大丈夫だろうと思っていた本が実はダメだったりするということもあるので、油断が出来ない。
ふたつめについては、台を作ろうかと思っている。30度程度の角度を持つ台を噛ませておけば、紙送り側はほぼ水平になる。これがどの程度効果があるのかは不明だが、足下に本を挟んで軽く角度を付けるだけでも、それなりに効果があるらしいので、やはり意味はあるはずである。
とまぁ、こんな感じで現時点では結構気を使う。気を使うと漢文などと向き合う気にはなれなくなる。MPを消費するのだよ。
が、やる気を削られていた理由のひとつが年末年始の多忙にあったことは確かなのだから、2月と3月は比較的気合いを入れられるかも知れない。というか、この時期に進められないと、今年中に一本発表するという目標を達成できなくなってしまう。
というか、実の所、今年は無理かも知れないと思っている。
やはりこれまで慣れてきた広東というステージから中国全土にまで風呂敷を広げると、方法論は同じであっても、かなりの情報をこなさなければならなくなる。
まぁ、所詮は作業なのだが、作業をこなすには根性(MP)が必要なので、その根性に不足する現在は、あまり宜しくない。
かといって、本の裁断を止めるのも気が引ける。
作業を続けていて思ったのだが、部屋が少しずつ片付いていくにつれ、頭がまともに働くような気がしてきたのだ。かなりの部分までは気のせいなのだが、確かに論文や史料を発掘するのに一苦労という状態では、精神衛生に悪い。もう少し部屋のスペースと精神衛生状態の改善を図る必要は、確かにある。
差しあたりは上手く両立させてくださいとしか言えないのが残念なところ。まぁ、工夫の建て方は見えてきているので、もう少し頑張ることにしよう。
2011年1月22日土曜日
睦月廿三日
最近思っていることに、日本の教育システム上の問題点というものがある。
小中高ときて、大学を経て社会に出るのが、従来型の教育とされてきた。
最近では、大学院の修士課程ぐらいはここに含めていいかもしれない。
が、職業教育としては、社会に出てから、企業が行ってきたという点は見逃してはならないだろう。
社会・経済構造が変わり、近年では、企業の側で教育投資に回すべき資金がなくなってきた。少なくとも、かつてほどお金をかけなくなってきている。
もう少し具体的に書くと、教育対象を正社員(幹部候補生)に限定し、正社員の雇用数を減らすことにより、教育費の総額を抑制しているということになる。
人事部門の能力が大して高まっていないので、幹部候補生として入社する新入社員の質にばらつきがあり、教育費を投資しても大きな効果を見込めない人間がいたり(それでも幹部候補生なので一定の出世は遂げて部下を率いることになり、問題を起こすことになる)、その一方で高い潜在能力を持っているのに、非正規雇用として社会に出たがために教育を受けられず、能力を伸ばせないままの人間が出たりしているわけだが、これはとりあえず措く。
日本の大学や大学院は、実務的な能力を鍛えるという意味では非常に問題が多い。
大学で学んだことが社会に出て役に立たない例が珍しくないというのは、本来、教育機関としては問題外である。
教える側も教わる側も、さらには将来大学生を雇用する側も、それに大きな疑問を有していないというのが現状だろう。
もちろん、口ではいろいろ言っているが、何かを変えるという段階には至っていない。大学の教員や職員を観察している限りでは、負担は増えているが成果はないという感じである。
新入大学生の質が低下しているというのは事実であろうが、大学の教育能力が低いので、質が低いままで新入社員(もしくは非正規労働者)となるわけである。
先述したとおり、企業の側も教育コストを渋るため、日本全体の労働者の質が低下していくということになる。
まとめると、
① 小中高の教育水準が低下し、大学生の質が低下。
② 大学の教育能力が低いので、大学・大学院卒業生の質は①と同程度。
③ ②のうち、正社員として採用される人間(A)と非正規労働者(B)になる人間とで二分。
④ 企業からの教育を受けるのは、(A)のみ
ということになる。多くの場合、(A)と(B)との間の移動はないため、以前より質の下がった(A)と、質的向上を見込めない(B)が、日本社会を構成することになる。
そりゃまずかろう。日本最大の資源を人間だと考えるなら、日本の資源が枯渇していくということになる。
何とかならんものかなと考えてみたのだが、うまい案は少ない。というか、そんなものがあればとうの昔に実施されているだろう。歴史上、うまい案があっても実施できない例というのは無数にあるのだが、まぁそれはそれとして。
とりあえず僕の考えられる範囲では、①についてはどうにもならない。いわゆる「ゆとり教育」がうんぬんという話になるのだろうが、教育というのは学校だけがするものではない。家庭や社会による教育というのも非常に大きい。ゆえに、ゆとり教育を撤廃しただけでは解決しない。そして、家庭や社会の教育能力を高めるのは一朝一夕には不可能である。というより、今話題にしている日本の人的資源に対する教育を改善しないことには解決しない。つまり、ここから問題に取り組もうとすると、循環論法に陥ってしまう。
③と④については、それが営利団体である企業の任意である以上、やはりどうにもならない。日本の経済的活力が高く、充分な教育コストを払っても、それがペイするというのであれば話は別だが、終身雇用制が幻想上のものとなった以上、企業としてはいついなくなるか知れないような人間に対してまで教育コストを投じる理由はないはずである。(A)と(B)の連絡がないという硬直的すぎる人事システムには改善の余地があるだろうが、これとて、必要な人材を囲い込むというリスクヘッジの結果と考えるなら、企業にしてみればシステムを変える動機にはなりえないだろう。
というわけで、大学(院)教育にいきつく。
高校から上がってきた大学生は、大した勉強もせず(本人たちの認識は異なるだろうが)、四年後に卒業していく。就職の面接で必ず聞かれるであろう大学で得られたものに、就業に役立つ技能というものが挙げられないというのは、本来あり得ない話である。
アメリカ式の「入るは易いが出るのは難い」にすればいいかというと、そう簡単なものでもない。留年者や退学者を山のように出すことになる。
が、僕はそれでいいのではないかと思うようになっている。一定の能力を習得できなければ卒業させないというのは、非常に誠実だともいえる。
本人が勉強したくないのであれば、社会に出ればいい。そしてあるスキルを必要だと感じたら、その時に大学に通えばいい。
実際、僕が見ていても、社会人上がりのおじさんおばさん学生は、相対的に熱心に勉強している。大学で身につけられるスキルの価値と、自分たちが払っている金の価値を理解できているのだから、当然であろう。
ただし、これを現実のものとするには、企業側の雇用流動性が今よりも高くなければならない。雇用しようとする人間の履歴に留年や退学があっても、それをマイナスとしない評価基準が必要になるし、雇用した人間が大学に戻るために退職するということも認めなければならない。つまり、企業による教育というのは、さらに実効性が低下することになることを覚悟する必要がある。
お金の動きという点から考えると、企業が教育コストとして用意していた部分は、おそらくは国へ吸収され、個人の教育費用として奨学金なり教育機関への助成金なりに充てられることになろう。もちろん企業は抵抗するだろうが、それは政治の問題である。
また、人事制度を今よりもはるかに流動性の高いものにしろというのも、企業としては抵抗するところだろう。たぶん、お金の問題よりも抵抗は強いだろう。
が、ここを変えないと話は成立しない。また、少しずつではあるが、学歴よりも経歴の方を重視する方向へと採用基準が変わりつつある。政治に期待すべきは、この方向性を加速するということであろう。
さすがにそれを可能とするだけの政治能力が今の日本の政界や財界に在るのかというと、疑問視せざるをえない。が、こういうシステムの改革はうまくいっている時には動機が働かないし、全く駄目になった時では改革の負担に耐えられなくなる。今みたいな傾きかけた時期のみが可能なのだが……こういう時期に立て直せるだけの活力があるのだろうか?
昔であれば、「中興の祖」みたいなのがそうした仕事をするわけだが(というか、そうした仕事をしたから中興の祖になるわけだが)、今のような個人の力量が大きな影響を及ぼさない時代ではどうかな?
いや、指導者の力量というのは時代を問わずに重要なので、今であっても優れた指導者がいれば、そういう方向に持っていけるのかもしれない。あまり僕は個人の力量を重視しないのだが、それも程度問題と考えるべきであって、やはり優れたリーダーは社会を変えるのかもしれない。
小中高ときて、大学を経て社会に出るのが、従来型の教育とされてきた。
最近では、大学院の修士課程ぐらいはここに含めていいかもしれない。
が、職業教育としては、社会に出てから、企業が行ってきたという点は見逃してはならないだろう。
社会・経済構造が変わり、近年では、企業の側で教育投資に回すべき資金がなくなってきた。少なくとも、かつてほどお金をかけなくなってきている。
もう少し具体的に書くと、教育対象を正社員(幹部候補生)に限定し、正社員の雇用数を減らすことにより、教育費の総額を抑制しているということになる。
人事部門の能力が大して高まっていないので、幹部候補生として入社する新入社員の質にばらつきがあり、教育費を投資しても大きな効果を見込めない人間がいたり(それでも幹部候補生なので一定の出世は遂げて部下を率いることになり、問題を起こすことになる)、その一方で高い潜在能力を持っているのに、非正規雇用として社会に出たがために教育を受けられず、能力を伸ばせないままの人間が出たりしているわけだが、これはとりあえず措く。
日本の大学や大学院は、実務的な能力を鍛えるという意味では非常に問題が多い。
大学で学んだことが社会に出て役に立たない例が珍しくないというのは、本来、教育機関としては問題外である。
教える側も教わる側も、さらには将来大学生を雇用する側も、それに大きな疑問を有していないというのが現状だろう。
もちろん、口ではいろいろ言っているが、何かを変えるという段階には至っていない。大学の教員や職員を観察している限りでは、負担は増えているが成果はないという感じである。
新入大学生の質が低下しているというのは事実であろうが、大学の教育能力が低いので、質が低いままで新入社員(もしくは非正規労働者)となるわけである。
先述したとおり、企業の側も教育コストを渋るため、日本全体の労働者の質が低下していくということになる。
まとめると、
① 小中高の教育水準が低下し、大学生の質が低下。
② 大学の教育能力が低いので、大学・大学院卒業生の質は①と同程度。
③ ②のうち、正社員として採用される人間(A)と非正規労働者(B)になる人間とで二分。
④ 企業からの教育を受けるのは、(A)のみ
ということになる。多くの場合、(A)と(B)との間の移動はないため、以前より質の下がった(A)と、質的向上を見込めない(B)が、日本社会を構成することになる。
そりゃまずかろう。日本最大の資源を人間だと考えるなら、日本の資源が枯渇していくということになる。
何とかならんものかなと考えてみたのだが、うまい案は少ない。というか、そんなものがあればとうの昔に実施されているだろう。歴史上、うまい案があっても実施できない例というのは無数にあるのだが、まぁそれはそれとして。
とりあえず僕の考えられる範囲では、①についてはどうにもならない。いわゆる「ゆとり教育」がうんぬんという話になるのだろうが、教育というのは学校だけがするものではない。家庭や社会による教育というのも非常に大きい。ゆえに、ゆとり教育を撤廃しただけでは解決しない。そして、家庭や社会の教育能力を高めるのは一朝一夕には不可能である。というより、今話題にしている日本の人的資源に対する教育を改善しないことには解決しない。つまり、ここから問題に取り組もうとすると、循環論法に陥ってしまう。
③と④については、それが営利団体である企業の任意である以上、やはりどうにもならない。日本の経済的活力が高く、充分な教育コストを払っても、それがペイするというのであれば話は別だが、終身雇用制が幻想上のものとなった以上、企業としてはいついなくなるか知れないような人間に対してまで教育コストを投じる理由はないはずである。(A)と(B)の連絡がないという硬直的すぎる人事システムには改善の余地があるだろうが、これとて、必要な人材を囲い込むというリスクヘッジの結果と考えるなら、企業にしてみればシステムを変える動機にはなりえないだろう。
というわけで、大学(院)教育にいきつく。
高校から上がってきた大学生は、大した勉強もせず(本人たちの認識は異なるだろうが)、四年後に卒業していく。就職の面接で必ず聞かれるであろう大学で得られたものに、就業に役立つ技能というものが挙げられないというのは、本来あり得ない話である。
アメリカ式の「入るは易いが出るのは難い」にすればいいかというと、そう簡単なものでもない。留年者や退学者を山のように出すことになる。
が、僕はそれでいいのではないかと思うようになっている。一定の能力を習得できなければ卒業させないというのは、非常に誠実だともいえる。
本人が勉強したくないのであれば、社会に出ればいい。そしてあるスキルを必要だと感じたら、その時に大学に通えばいい。
実際、僕が見ていても、社会人上がりのおじさんおばさん学生は、相対的に熱心に勉強している。大学で身につけられるスキルの価値と、自分たちが払っている金の価値を理解できているのだから、当然であろう。
ただし、これを現実のものとするには、企業側の雇用流動性が今よりも高くなければならない。雇用しようとする人間の履歴に留年や退学があっても、それをマイナスとしない評価基準が必要になるし、雇用した人間が大学に戻るために退職するということも認めなければならない。つまり、企業による教育というのは、さらに実効性が低下することになることを覚悟する必要がある。
お金の動きという点から考えると、企業が教育コストとして用意していた部分は、おそらくは国へ吸収され、個人の教育費用として奨学金なり教育機関への助成金なりに充てられることになろう。もちろん企業は抵抗するだろうが、それは政治の問題である。
また、人事制度を今よりもはるかに流動性の高いものにしろというのも、企業としては抵抗するところだろう。たぶん、お金の問題よりも抵抗は強いだろう。
が、ここを変えないと話は成立しない。また、少しずつではあるが、学歴よりも経歴の方を重視する方向へと採用基準が変わりつつある。政治に期待すべきは、この方向性を加速するということであろう。
さすがにそれを可能とするだけの政治能力が今の日本の政界や財界に在るのかというと、疑問視せざるをえない。が、こういうシステムの改革はうまくいっている時には動機が働かないし、全く駄目になった時では改革の負担に耐えられなくなる。今みたいな傾きかけた時期のみが可能なのだが……こういう時期に立て直せるだけの活力があるのだろうか?
昔であれば、「中興の祖」みたいなのがそうした仕事をするわけだが(というか、そうした仕事をしたから中興の祖になるわけだが)、今のような個人の力量が大きな影響を及ぼさない時代ではどうかな?
いや、指導者の力量というのは時代を問わずに重要なので、今であっても優れた指導者がいれば、そういう方向に持っていけるのかもしれない。あまり僕は個人の力量を重視しないのだが、それも程度問題と考えるべきであって、やはり優れたリーダーは社会を変えるのかもしれない。
睦月廿二日
一応は関心があったので、ReaderやGalapagosの実物をチェックした。
感想は、「部分的には見るべきところがあるとはいうものの、全体的にはパッとしないKindleやiPadの焼き直し」というもの。
まずReaderから。
画面は文庫サイズ対応の5型と新書サイズ対応の6型のふたつがある。
これはこの手の電子書籍リーダー全般に言えることだが、ハードが揃っていても、ソフトがないとどうにもならない。
当然ながら、発売まもない現時点ではソフト、つまり本は揃っていない。
ゆえに、この方向からは何とも言えない。
ソフトとしては、電子書籍以外に自炊して制作された画像ファイルもある。僕のように、蔵書を整理して、という目的から入った人間にとっては、こちらの方がメインになる。
で、その観点からすると、読みやすく読めたら何でも構わないわけなので、問題は使い勝手の良さ如何ということになる。
評価すべきポイントは、画面サイズ・重量・インターフェイスのみっつである。
Kindleのように9インチサイズがある場合はさすがに別だが、5インチと6インチではさして変わらない。
新書が読めるなら文庫も読めるわけで、それを考えれば6インチサイズの方が良いように思える。正直、5型の存在する理由がよくわからない。それほど重量や手持ち感に違いがあるようにも思えないし。
一応スペックを書いておこう。
Reader(5型)
145.4mm×104.6mm×9.2mm
155g
Reader(6型)
169.6mm×119.1mm×10.3mm
215g
Kindle3
190mm×123mm×8.5mm
241g(Wi-Fi版), 247g(3G+Wi-Fi版)
KindleDX
264mm×183mm×9.7mm
536g
Kindleの方がやや大きくて重いが、これはキーボードや通信機能があるため。
この点については、そうした機能をすべて接続するPCに依存することで小型軽量化を果たしたReaderにも理があると思う。
問題は小型軽量化を果たしたが、値段はむしろ高めという点にあるのだろうが、Kindle3はもとより原価割れを覚悟してるのではなかろうかというような値段になっているので、そのあたりは措くことにする。ITmediaの記事によると、Kindle2の定価359ドルに対し、原価は185.49ドルだそうな。Kindle3については不明だが、それほど利益が出ていないことは想像に難くない。
また、インターフェイスについては、両サイドにページ送りボタンのついているKindleの方が明らかに使い勝手が良かった。片手で扱うとなると、ページ送りボタンが表面左寄りに配置されているReaderの場合、左手でしか不可能である。
あと、Readerはメタルフレームなのだが、これもKindleみたいに樹脂製にすれば同じ強度でもう少し軽くなったのではなかろうか。この辺りは素人なので何とも言えないが。
結論として、Kindleより先に出ていたのなら評価されるが、Kindleの後を追っている現状としては、特に評価すべき点を見いだせない、つまりKindleを持っている人間がわざわざ購入すべき品ではない、ということになる。
これが最初の機体となると話は別である。要するに、いまだAmazonが日本語版Kindleを発売していない現在であれば、これを買う人はそこそこ居るであろう。その意味では正しい時期に適当なスペックの商品であるといえる。去年の夏ごろにこれが出ていたら、僕もKindleではなくこちらを買っていた可能性が高い。
iPadとGalapagosについても、ほぼ同じ感想を持った。僕はiPadを持っていないので、詳しい評価はできないが、後を追うならもっと斬新な要素を持っていてもいいのじゃないかとは思った。
日本は新しい価値を創造するのが苦手とはよく言われてきたことだが、まさにそれを実感した感じ。たぶん、数年内に韓国か中国でもっと安い機体が出るんじゃないかなぁ。
感想は、「部分的には見るべきところがあるとはいうものの、全体的にはパッとしないKindleやiPadの焼き直し」というもの。
まずReaderから。
画面は文庫サイズ対応の5型と新書サイズ対応の6型のふたつがある。
これはこの手の電子書籍リーダー全般に言えることだが、ハードが揃っていても、ソフトがないとどうにもならない。
当然ながら、発売まもない現時点ではソフト、つまり本は揃っていない。
ゆえに、この方向からは何とも言えない。
ソフトとしては、電子書籍以外に自炊して制作された画像ファイルもある。僕のように、蔵書を整理して、という目的から入った人間にとっては、こちらの方がメインになる。
で、その観点からすると、読みやすく読めたら何でも構わないわけなので、問題は使い勝手の良さ如何ということになる。
評価すべきポイントは、画面サイズ・重量・インターフェイスのみっつである。
Kindleのように9インチサイズがある場合はさすがに別だが、5インチと6インチではさして変わらない。
新書が読めるなら文庫も読めるわけで、それを考えれば6インチサイズの方が良いように思える。正直、5型の存在する理由がよくわからない。それほど重量や手持ち感に違いがあるようにも思えないし。
一応スペックを書いておこう。
Reader(5型)
145.4mm×104.6mm×9.2mm
155g
Reader(6型)
169.6mm×119.1mm×10.3mm
215g
Kindle3
190mm×123mm×8.5mm
241g(Wi-Fi版), 247g(3G+Wi-Fi版)
KindleDX
264mm×183mm×9.7mm
536g
Kindleの方がやや大きくて重いが、これはキーボードや通信機能があるため。
この点については、そうした機能をすべて接続するPCに依存することで小型軽量化を果たしたReaderにも理があると思う。
問題は小型軽量化を果たしたが、値段はむしろ高めという点にあるのだろうが、Kindle3はもとより原価割れを覚悟してるのではなかろうかというような値段になっているので、そのあたりは措くことにする。ITmediaの記事によると、Kindle2の定価359ドルに対し、原価は185.49ドルだそうな。Kindle3については不明だが、それほど利益が出ていないことは想像に難くない。
また、インターフェイスについては、両サイドにページ送りボタンのついているKindleの方が明らかに使い勝手が良かった。片手で扱うとなると、ページ送りボタンが表面左寄りに配置されているReaderの場合、左手でしか不可能である。
あと、Readerはメタルフレームなのだが、これもKindleみたいに樹脂製にすれば同じ強度でもう少し軽くなったのではなかろうか。この辺りは素人なので何とも言えないが。
結論として、Kindleより先に出ていたのなら評価されるが、Kindleの後を追っている現状としては、特に評価すべき点を見いだせない、つまりKindleを持っている人間がわざわざ購入すべき品ではない、ということになる。
これが最初の機体となると話は別である。要するに、いまだAmazonが日本語版Kindleを発売していない現在であれば、これを買う人はそこそこ居るであろう。その意味では正しい時期に適当なスペックの商品であるといえる。去年の夏ごろにこれが出ていたら、僕もKindleではなくこちらを買っていた可能性が高い。
iPadとGalapagosについても、ほぼ同じ感想を持った。僕はiPadを持っていないので、詳しい評価はできないが、後を追うならもっと斬新な要素を持っていてもいいのじゃないかとは思った。
日本は新しい価値を創造するのが苦手とはよく言われてきたことだが、まさにそれを実感した感じ。たぶん、数年内に韓国か中国でもっと安い機体が出るんじゃないかなぁ。
2011年1月20日木曜日
睦月廿日
なお、今回の記事はやたら長いうえに内容がない。一応警告まで。
別に第二次大戦期に限った話ではないが、ある程度歴史やら戦史やらを齧った人間なら、ifに関心を持つようになる。
言うまでもなく、歴史にifを持ち込むのは禁じ手である。なぜかというに、何ら生産的ではないからだ。
ただしふたつの例外がある。ひとつは「可能性を検討する」というもの。これは歴史学でもアリとされている。
例えば日本の鎖国を評価するのに、「もし鎖国しなかったなら」というifを設けて思考実験を行うことは、それなりに有意義である。肯定否定それぞれの評価が下されることになるが、鎖国した時期及びその前後の日本(と世界)を検討するのに有用な役割を果たすことになろう。
もうひとつの例外は、はなっから有益かどうかを考慮せず、単なる妄想を楽しむ場合。妄想なんだから生産的であるかどうかは問題外である。
いわゆるシミュレーション小説・ゲームなどにおいては、後者が重視される。シミュレーションという意味では前者を重視しても良いはずで、古典的なシミュレーションゲームでは比較的こちらを重視する(おかげでゲーム性に問題が出ることも往々にしてあるが、ここでは措く)のだが、エンターテイメント性の強いゲームでは、あまり問題としない。特に昨今のゲーム業界では、前者を重視するタイプのゲームは、覿面にクソゲー呼ばわりされること必定である。
まぁ、シミュレーションそのものを楽しむことは、想像力や知識などの面においてかなりの水準が要求されるので、こちらを重視する勢力が相対的に少数派たることは仕方ないのだろう。
さて、ここまでが前置き。
年末ぐらいから色々と蔵書の電子化を進めてきたわけだが、佐藤大輔の小説なんかも大半を電子化し、久しぶりにそれらを読んでいた。
で、僕も妄想してみようと思ったわけである。
お題は、「太平洋戦争で日本が戦術的勝利を収め続けた場合、どうなるか」。
開戦時点で日本に勝ち目がなかったことは、この分野に少しでも関心のある人間なら常識の範疇に入るであろうが、それはどこまで捻じ曲げられるだろうか。
実を言うと、hoi2の架空シナリオを作るためのネタである(本当に作るかどうかはまた別の話)。「なんかの間違いで日本が勝ってしまった世界」で、1940年代後半から50年代前半ぐらいからゲームを始めるとしたら、どういう設定が必要になるかを考えてみたわけだ。
定番としては、ミッドウェーで日本が負けたというのがある。
繰り返すが、大戦略というレヴェルでは、日本はすでに負けているのだが、そこは目をつぶっての話である。
しかし大戦略的環境(日本の総合的な国力)を無視するわけではない。
ゆえに、ミッドウェーで「運命の30分」とやらをもみ消すこととしても、当時の日本海軍の状態からして、その次かそのまた次あたりで大敗北を喫するはずと考える。ミッドウェー海戦で敗北したことはある意味偶然の産物だが、1942年中ごろ(遅くとも後半)に日本が大きな敗北を喫することは、ほとんど必然と考えていい。戦略目標の欠如、情報への関心の低さ、戦力回復能力の低さ、軍上層部の慢心などを考えると、他の結論は出ない。
そこで、南雲司令長官には一足先にミッドウェーを味わっていただく。
具体的にはミッドウェーの二か月前、セイロン沖海戦にて、イギリス軍の空襲が「偶然に」成功し、甲板に飛行機を並べた《赤城》は大破し、第一航空艦隊司令部は機能を停止する(南雲と源田は重傷、草鹿は戦死の判定)。
ちなみに史実では空襲はあったものの、機数が少なすぎ、攻撃機の能力も低すぎて被害はなかった。逆に、一発入ればミッドウェーと同じことになった可能性もあった。
こうして、以降は南遣艦隊司令長官の小沢治三郎が指揮を執る。そして作戦後、その時点で南遣艦隊は概ね任務を終えているため、小沢はそのまま一航艦長官へ横滑りするものとする。史実だと小沢はこの年の11月まで南遣艦隊の指揮官で、それから第3艦隊司令長官に転出するのだが、半年ばかり早まるわけである。
で、ミッドウェーだが、《赤城》が失われたため、アリューシャン攻略は中止され、4航戦の《隼鷹》・《龍驤》が参加する。
展開そのものは同じになるが、ミッドウェー第二次攻撃用の爆装が行われた状態で敵機動部隊を発見した時、山口多門だけでなく同じくらい戦闘的な角田覚治からの意見具申により、南雲よりは航空戦における時間の重要性を感じている小沢は、航空隊を出撃させる(逆に航空戦に通じているがために、正規の装備を整えることを重視する可能性もあるが、そちらは黙殺する)。
もちろん空襲を受けるわけで、そのために《赤城》の代わりの位置にいた《隼鷹》と、《加賀》・《蒼龍》は中破する。が、誘爆は起きないので、ある程度の復旧は見込まれる。
そして爆装した攻撃隊は《エンタープライズ》・《ホーネット》の甲板を叩き、一時的に発着不能とする。
そして《飛龍》・《龍驤》搭載機を中心とする第二次攻撃隊により、《ヨークタウン》大破(のち潜水艦攻撃で沈没)。
結局、空母戦力の消耗を鑑みて、スプルーアンスは撤退を決意し、ミッドウェーは本隊到着を以て占領される。
以上が妄想上のミッドウェー海戦である。この結果、一時的に太平洋から米軍の空母戦力が消滅することになり、日本軍はFS作戦を実施、また米軍はガダルカナル上陸に始まるウォッチタワー作戦を順延することになる。
また、空母の攻撃力と脆弱性を鑑み、改マル5計画においては、改飛龍型(のちの《雲龍》型)ではなくて甲板装甲を有する改大鳳型およびG14型の建造に集中することになる。
FS作戦は、大小の海戦を繰り返し、それなりの損害を受けながらも順調に進み、42年末には完遂される。
しかし、米豪分断というFS作戦の目的は達成されない。やる気になっている連合国がオーストラリアを手放すわけがないのだ。
で、 43年は、南太平洋においては数次の大規模海戦が行われ、またポートモレスビー攻略作戦も進行する。イニシアティブを失うことが敗北への転落を意味すると承知している山本五十六は、かなりの損害を出しつつも攻勢を続け、隔月建造の勢いで空母を投入する米軍も、戦力の逐次投入の愚を承知しながらも部隊を展開し、出血を続ける。
こうして8月にはポートモレスビーも陥落するが、陸軍は伸びきった戦線を維持するため、ビルマ方面から戦力を引き抜くことを余儀なくされる。
また、9月にはイタリアが陥落し、ヨーロッパの戦局が改善するため、オーストラリアは講和に応じない。
艦隊を動かす重油がほぼ払底してしまった日本海軍は、別の方向からオーストラリアを屈服させるべく、連山を戦略爆撃機として用いるため開発を急がせる。また、航空戦力の消耗の激しさを補うため、ドイツが降伏したイタリア艦艇に用いた対艦誘導兵器の入手に腐心するようになる。
燃料の底がついた日本軍と戦力を損耗させてしまった米軍のどちらも、43年の後半は活発には動かなくなる。
なお、10月にはミッドウェーを奪還される。どのみち兵站が続くわけがないので当然である。同様にフィジーやサモアも放棄が決定される。連合艦隊は嫌がるだろうが、無い袖は振れない。
ちなみに、連合軍潜水艦による通商破壊戦は、史実と同様の展開である。つまり、ちまちまと攻撃を受けている。ガダルカナルの大消耗がないので、損害そのものは低いのだが、兵站が伸びている分、攻撃される可能性も増えているためだ。こうして11月には海上護衛総司令部が設立されるが、兵站が伸びている分、史実以上に苦労の多いことになるだろう。
日本が戦争のイニシアティブを失い、米軍の反攻が始まるのは44年が明けてから。
それを予想していた日本軍は、こつこつと蓄えてきた燃料備蓄を取り崩し、マーシャル沖での迎撃戦に挑むが、この時点で戦力バランスは米軍の方に傾いており、4月にはマーシャル諸島を失うことになる。史実より、約半年遅れというところか。
なお、ミッドウェー喪失の時点で島嶼防衛の重要性に気付いた日本は、マーシャルの防備に取り掛かったのだが、間に合わなかった。引き続きマリアナ諸島の防御に力を入れることになる。
なお、7月にはドイツの機密資料を多数積み込んだ《伊29》が日本に到着する。史実では台湾海峡付近で沈没しているのだが、まだ日本がマリアナ諸島やフィリピンを抑えているため、米軍潜水艦の攻撃は史実ほど深刻ではない。
なお、中国戦線では史実通り一号作戦(大陸打通作戦)が実施されている。大陸からのB29空襲は、やはり一定の脅威ではあったためだ。が、インパール作戦は行われていない。ビルマ方面の戦力がニューギニア方面へ引き抜かれていたため、守勢を保つことが肝要(というか他に方法がない)であると、ビルマ方面の指揮官だった牟田口廉也が考えていたためである。
米軍は数か月の準備を整え、ラバウルとトラックの航空戦力を叩いたうえで、サイパン上陸を狙う。
10月、史実より5か月遅れで行われたマリアナ沖海戦は、双方の海上戦力をすり潰すような激戦となる。が、このころまで何とか高い練度を有していた日本の航空戦力と、試験的に投入された対艦誘導弾「桜花」(ドイツのフリッツXの改良型)などの活躍もあり、かろうじて米軍を追い返す。ちなみにこれまでの消耗もあり、米軍機動部隊は史実ほどの陣容を擁してはいない。
上陸部隊を壊滅させられ、ニミッツは解任はされなかったものの、大きく発言力を減じることになる。代わりにニューギニア、フィリピン方面への攻勢を主張するマッカーサーの立場が強化される。
またルーズヴェルトは44年末の大統領選には勝利するが、史実ほどの圧倒的優勢ではなく、むしろ僅差の勝利といえる結果だった。
11月には日本軍はガダルカナルを放棄する。また2年半にわたって空母戦力を率いてきた小沢は軍令部次長に転任し、後任には中将に昇進した山口多門が就くことになる。
こうして45年を迎えた。
連合艦隊の主力は大きく戦力を減らし、これまで極力消耗戦を避けてきた航空部隊の練度もそろそろ低下しつつある。燃料不足も大規模戦闘の度に備蓄を失うので、充分とは言いかねる状況にある。
空母による殴り合いをなるべく回避するため、マリアナ沖でなかなかの成果を上げた対艦誘導弾の開発に力を入れることになった。マリアナ沖で投入された桜花11型は無線誘導で、着弾まで追随する必要があったため、VT信管付き対空砲弾を投入するようになった現状では損害が大きすぎた点が改良の要である。
かくして、国内で研究がすすめられていた赤外線誘導装置を搭載し、また搭載母機を一式陸攻から銀河に変えた22型が開発され、さらに開発は完了したものの使い道を失って宙ぶらりんだった連山に搭載する32型なども開発された。
赤外線誘導は母機が危険にさらされないというメリットがあるが、細かい誘導が出来ないというデメリットもある。強い赤外線を発する標的を狙うので、特定の大型艦に攻撃が集中してしまうのだ。時速800㎞で突っ込んでくる1.2トンもの弾頭の力をもってすれば、空母なら2発も喰らえば戦闘力を失ってしまうので、それ以上は無駄である。戦艦に対してはあまり効かないだろうけど。
いくら桜花の生産が簡単であるとしても、数を作るのはかなりの手間が必要であることも問題だった。いまだ国内が安泰なため、研究能力も十全を発揮できてはいるが、それでもこの時期の日本には手に余る代物だった。
が、アメリカの方も頭を悩ませていた。確かに日本海軍の力は減じつつあるのだが、決定的な差が出来ない。個々の戦闘において痛み分けに近い結果が続くため、総合力に勝るアメリカが最終的に勝利することは疑いない。
しかし、そこに至るまでの損害が問題となっていた。この時期、ヨーロッパ戦線はほぼけりがつく状態になっており、ドイツの降伏は時間の問題だった。
一方で太平洋戦線は思うようには進んでおらず、大統領と海軍が批判される結果になっていた。
ニューギニア攻略と次のフィリピン攻略へと歩を進めるべく2月より行われたラバウル・ポートモレスビー攻略戦では、連合艦隊総力と桜花を装備した連山の群れが、再建を果たした米軍に襲い掛かり、双方が壊滅的な損害を出した。
だが、桜花をまとめて喰らった米空母は、いかに間接防御力を発達させたエセックス級であってもまず沈んでしまう。一方で、《大鳳》・《信濃》などの重防御空母を前衛においた日本側は、戦力的には劣勢でもかなりの攻撃に持ちこたえるし、また戦闘後の回復も比較的早かった。が、それ以外の従来型空母はほとんどその姿を消していた。
凄惨な流血の末、3月にラバウルが、そして6月にポートモレスビーが陥落し、ようやくオーストラリアの脅威を除いてフィリピンへの道を開いたのだが、まだマリアナは戦力を保持している状態だった。つまり、史実より1年遅れていることになる。
それでも、逆に言えば1年かけてマリアナ・フィリピンを攻略すれば、日本本土への空襲や潜水艦攻撃を行うことが可能となる。いや、連合艦隊がほぼ戦力を喪失していることを考えると、それより早いかもしれない。
が、そうした見込みは、別の方向から崩されることになった。
2月に行われたヤルタ会談で、ドイツ降伏後に参戦することが決まっていたソ連が、史実通り8月9日に参戦し、満州を席巻した。
千島列島への攻撃は、再編中の日本海軍によって大打撃を受けて失敗したが、関東軍は後退を続けることになった。
日本軍は虎の子の連山を兵站攻撃に投入し、ソ連軍の前進を遅らせようとしたが、日本陸軍の再配置が完了し、ソ連軍の勢いを抑えることに成功した9月の時点で、朝鮮半島北部、そして山海関以北は全て喪失していた。
ここで、日本は連合国との講和への動きを本格化させた。
正確には、ラバウル失陥の責任を取って総辞職した東條内閣の後任となった鈴木貫太郎は、比較的早い時点から和平の可能性を探っていたのだが、連合国の対応は芳しくはなかった。
また日本側も7月に出されたポツダム宣言を、表面的には黙殺していた。
だが、ソ連の参戦を受け、事情が変わった。
ソ連に対して比較的宥和的だったルーズヴェルトが4月に死去し、後任となったトルーマンは、ソ連の勢力拡大を懸念していた。
このままでは、一年をかけて日本を屈服させる前に、ソ連の手で降伏しかねない。そうなると後れを取ってベルリンを奪われたドイツの二の舞となる。
チャーチルの後任となったアトリーも、ソ連の勢力拡大を望まなかった。
さらに、アメリカ国民がこれ以上の犠牲を望んでいなかった。
かくして、45年12月24日、ソ連を除く連合国各国(代表として米英仏蘭中)と日本との間で、オアフ停戦条約が調印された。条件は、南洋諸島を除く第一次大戦での獲得領土・中国からの獲得領土の返上、満州国解体、朝鮮独立。つまり、日本が日清戦争以降に築いた権益と領土、軍事同盟の全てを直ちに放棄する。ハルノートよりさらに踏み込んだものである。
そして翌46年2月15日、ソ連をはじめとするオアフ条約非調印国を含めたウラジオストク停戦条約調印。こちらで焦点となったのは、北半分を占領された朝鮮半島の扱いだった。将来的な朝鮮の独立を約束するが、暫定的に朝鮮半島における38度線を分割ラインとし、北側をソ連の所轄、南側を日本の所轄とする。将来的には統一し、信任統治を行う方針で合意。
こうした和平に対し、米軍の一部と中国政府では抵抗があった。特に国民党政府は日本の軍事力に制限を加えるよう求めていた。
が、アメリカ政府では対日から対ソへ仮想敵をシフトさせていたことと、大戦中の国民党政府のふがいなさと腐敗に愛想を尽かしており、かつ中国側もろくな人脈を持っていなかったことから、大きな発言力は持たなかった。また、どのみち制限するまでもなく、日本の軍事力はしばらく回復しそうにないと判断されていた。
なお、中国共産党は特に抵抗することもなく停戦を受け入れている。彼らは次の内戦へ目を向けていたためだ。日本が影響力を失い、連合国の手も届かないのであれば、ソ連からの潤沢な支援を受け取れる彼らの方が圧倒的に優勢である。
そして日本は、戦争に敗北しなかった。国家の存亡を勝利条件とするなら、むしろ勝利したといえる。
が、国内から崩壊しそうな状態だった。
多数の熟練労働者を徴兵された産業は体力を失い、また生産の内容も軍需産業へ偏りすぎていた。
植民地もすべて失ったため、資源の安定供給も見込めない。
四年を超える総力戦を戦い抜いた軍は、特に海軍は壊滅状態だった。
開戦前に600万トンに達していた商船団は半減していた。
差し当たり200個近い師団を動員していた陸軍は、十分の一以下にまで縮小する必要がある。
だが海軍の方は、特に問題ない。何せフネが残っていないから。
最後まで生き残った大型艦は、戦艦は《大和》・《武蔵》。空母は《翔鶴》・《瑞鶴》・《加賀》・《大鳳》・《海鳳》・《蒼鳳》・《信濃》。いずれもかなり損傷しており、長期の整備が必要となっている。特に老朽化した《加賀》は、解体した方が早いかもしれない。なお、改大鳳型が1隻、G14型が2隻ほど建造中だったが、いずれも資材不足のため工事は進捗していない。
重巡や軽巡はほぼ全滅している。すり潰されてしまったのだ。
駆逐艦も似たようなもので、戦前からの特型や甲型はほぼ姿を消している。秋月型や松型ばかりである。
潜水艦もほぼ壊滅。
大戦中盤からの海上護衛戦の主役だった海防艦などは多数残っているが、その大半は戦時急造型で、戦争が終われば予備艦となるか解体される運命である。
まとめてみると、確かに日本は生き残ったのだが、軍事大国としては生き残りようがない状態になっていた。
まぁ、植民地が無くなったので陸軍は必要なくなったが、海上交通路の覇権を争うべき海軍は、その根幹は残ったにせよほぼ一からの再建が必要となる。
太平洋の覇者となったアメリカが日本に対して特に好意的になる理由はないので、これからの日本は、史実以上に苦しいことになるであろう。
これまでの方法ではどうにもならないし、「勝てなかった」軍の発言力もかなり損なわれてしまっているので、これから当分の間は通商と外交で生きていくしかなさそうである。
加えて、おそらくは民主主義と共産主義の影響力が強まるはずである。
だが、アメリカの方も手放しでは喜べない。結局、「海軍の戦い」では日本に勝てなかったわけで、「陸軍の戦い」でドイツに勝利したことと比較されると、どうしても海軍の発言力が見劣りすることになる。
また、そもそも日本と争うことになった原因のひとつだった中国への権益は、戦争を終えても手に入らずじまいだった。むしろ、戦争末期になって参戦してきたソ連の影響力が増す結果となっている。
かくしてスターリンが漁夫の利を占めることになった。東アジア方面において、史実よりもより強力な立場を持てたためだ。朝鮮半島南部には日本が影響力を有する朝鮮人民共和国(史実ではすぐに消滅した。大韓民国の母体の一つ)が発足したが、親日・親米両派の争いや共産主義勢力の伸張などにより、あまり頭を悩ませることはないだろうと考えられる。
中国についても、近い将来、中国共産党による勝利がもたらされることだろう。
……とまぁ、こういう感じである。ちなみに世界中が民族主義のうねりに巻き込まれだす50年ごろに「ドイツ戦争」が起きて、東西が第三次世界大戦へと突き進む予定である。
日本はどちらからも距離を置く立ち位置にいるので、表向きは蚊帳の外、その裏側では戦時中から培ってきた親日民族主義勢力への支援を行い、東南アジアの独立を支援することになるかもしれない。
そういうふうに表現すると悪くなさそうだが、肝心のカネがないのが問題となる。史実と異なり、西側ブロックの金融力を当てにすることはできないためだ。
下手をすると、貧乏なまま共産主義革命が起きるかもしれない。
いずれにせよ、ひどいものである。文字通りの「火葬」戦記といえる。国土そのものはあまり酷いことにはならなかったが、連合艦隊はほとんど燃え尽きてしまった。たぶん、史実の日本より悪い状態で戦後という時代を歩むことになるのではなかろうか。史実とは異なり、西側からも東側からも嫌われている状態なので。
うまくいったとして、軍部独裁体制から民主主義へのゆるやかな路線転換。悪い場合は共産主義革命。もしくは軍部による反クーデタ。後者の方が悪いかな。
もちろん、第三次世界大戦が飛び火してキノコ雲がたつというデッドエンドもあるが、まぁそれは仕方がない。人類滅亡みたいなものだし。
ただ、1949年に核実験に成功したソ連が、1950年代前半において、日本にまで核攻撃を仕掛けられる可能性はあまり高くなさそうだ。
こういう妄想はやってみると結構楽しいものだが、妄想以上のものではないことを強く感じるようにもなる。何せ、ある程度真面目に検討すると、ほとんどの場合史実より悪い結果になる。
考えてみれば当たり前の話で、現実だと必ず起きる「都合の良い偶然」は起きず、「都合の悪い偶然」は概ね起きる。前者は記録上存在しないが、後者は記録上存在するのでこうなるのは仕方がない。
また、現実において様々な戦略を立て、戦術を遂行していた人々は、僕よりもはるかに高い能力を持った人々である。例えば今回、米軍の反攻戦略を史実のそれに近い「飛び石戦略」で組み立て、史実よりも強力な抵抗を受けたことにより失敗させて、マッカーサーの陸路戦略に切り替えさせたが、本職の高級参謀たちなら別の戦略を立てていたかもしれない。ポートモレスビーやラバウルをいちいち占領せずに無力化するにとどめ、フィリピンをまっすぐ狙うとか。
アメリカが対日勝利をあきらめた理由として、米軍の進行速度の遅さと損害に比してソ連の侵攻が速やかだったことが挙げられるが、45年初めごろまでにフィリピンの制海権を握れば、日本の海上交通路は干上がってしまう。マリアナ諸島を攻略せずとも、日本を降伏に追い込むこともできたかもしれない。
このように妄想の上に妄想を重ねて出来上がった仮想世界にKaiserreichなんかがあるが、ああいうのはなかなか大変なものだと思う。
こちらもこの妄想世界をさらに推し進めて第三次世界大戦にまで持っていければ良いのだが、まぁそれまでに飽きてしまいそうだ。
別に第二次大戦期に限った話ではないが、ある程度歴史やら戦史やらを齧った人間なら、ifに関心を持つようになる。
言うまでもなく、歴史にifを持ち込むのは禁じ手である。なぜかというに、何ら生産的ではないからだ。
ただしふたつの例外がある。ひとつは「可能性を検討する」というもの。これは歴史学でもアリとされている。
例えば日本の鎖国を評価するのに、「もし鎖国しなかったなら」というifを設けて思考実験を行うことは、それなりに有意義である。肯定否定それぞれの評価が下されることになるが、鎖国した時期及びその前後の日本(と世界)を検討するのに有用な役割を果たすことになろう。
もうひとつの例外は、はなっから有益かどうかを考慮せず、単なる妄想を楽しむ場合。妄想なんだから生産的であるかどうかは問題外である。
いわゆるシミュレーション小説・ゲームなどにおいては、後者が重視される。シミュレーションという意味では前者を重視しても良いはずで、古典的なシミュレーションゲームでは比較的こちらを重視する(おかげでゲーム性に問題が出ることも往々にしてあるが、ここでは措く)のだが、エンターテイメント性の強いゲームでは、あまり問題としない。特に昨今のゲーム業界では、前者を重視するタイプのゲームは、覿面にクソゲー呼ばわりされること必定である。
まぁ、シミュレーションそのものを楽しむことは、想像力や知識などの面においてかなりの水準が要求されるので、こちらを重視する勢力が相対的に少数派たることは仕方ないのだろう。
さて、ここまでが前置き。
年末ぐらいから色々と蔵書の電子化を進めてきたわけだが、佐藤大輔の小説なんかも大半を電子化し、久しぶりにそれらを読んでいた。
で、僕も妄想してみようと思ったわけである。
お題は、「太平洋戦争で日本が戦術的勝利を収め続けた場合、どうなるか」。
開戦時点で日本に勝ち目がなかったことは、この分野に少しでも関心のある人間なら常識の範疇に入るであろうが、それはどこまで捻じ曲げられるだろうか。
実を言うと、hoi2の架空シナリオを作るためのネタである(本当に作るかどうかはまた別の話)。「なんかの間違いで日本が勝ってしまった世界」で、1940年代後半から50年代前半ぐらいからゲームを始めるとしたら、どういう設定が必要になるかを考えてみたわけだ。
定番としては、ミッドウェーで日本が負けたというのがある。
繰り返すが、大戦略というレヴェルでは、日本はすでに負けているのだが、そこは目をつぶっての話である。
しかし大戦略的環境(日本の総合的な国力)を無視するわけではない。
ゆえに、ミッドウェーで「運命の30分」とやらをもみ消すこととしても、当時の日本海軍の状態からして、その次かそのまた次あたりで大敗北を喫するはずと考える。ミッドウェー海戦で敗北したことはある意味偶然の産物だが、1942年中ごろ(遅くとも後半)に日本が大きな敗北を喫することは、ほとんど必然と考えていい。戦略目標の欠如、情報への関心の低さ、戦力回復能力の低さ、軍上層部の慢心などを考えると、他の結論は出ない。
そこで、南雲司令長官には一足先にミッドウェーを味わっていただく。
具体的にはミッドウェーの二か月前、セイロン沖海戦にて、イギリス軍の空襲が「偶然に」成功し、甲板に飛行機を並べた《赤城》は大破し、第一航空艦隊司令部は機能を停止する(南雲と源田は重傷、草鹿は戦死の判定)。
ちなみに史実では空襲はあったものの、機数が少なすぎ、攻撃機の能力も低すぎて被害はなかった。逆に、一発入ればミッドウェーと同じことになった可能性もあった。
こうして、以降は南遣艦隊司令長官の小沢治三郎が指揮を執る。そして作戦後、その時点で南遣艦隊は概ね任務を終えているため、小沢はそのまま一航艦長官へ横滑りするものとする。史実だと小沢はこの年の11月まで南遣艦隊の指揮官で、それから第3艦隊司令長官に転出するのだが、半年ばかり早まるわけである。
で、ミッドウェーだが、《赤城》が失われたため、アリューシャン攻略は中止され、4航戦の《隼鷹》・《龍驤》が参加する。
展開そのものは同じになるが、ミッドウェー第二次攻撃用の爆装が行われた状態で敵機動部隊を発見した時、山口多門だけでなく同じくらい戦闘的な角田覚治からの意見具申により、南雲よりは航空戦における時間の重要性を感じている小沢は、航空隊を出撃させる(逆に航空戦に通じているがために、正規の装備を整えることを重視する可能性もあるが、そちらは黙殺する)。
もちろん空襲を受けるわけで、そのために《赤城》の代わりの位置にいた《隼鷹》と、《加賀》・《蒼龍》は中破する。が、誘爆は起きないので、ある程度の復旧は見込まれる。
そして爆装した攻撃隊は《エンタープライズ》・《ホーネット》の甲板を叩き、一時的に発着不能とする。
そして《飛龍》・《龍驤》搭載機を中心とする第二次攻撃隊により、《ヨークタウン》大破(のち潜水艦攻撃で沈没)。
結局、空母戦力の消耗を鑑みて、スプルーアンスは撤退を決意し、ミッドウェーは本隊到着を以て占領される。
以上が妄想上のミッドウェー海戦である。この結果、一時的に太平洋から米軍の空母戦力が消滅することになり、日本軍はFS作戦を実施、また米軍はガダルカナル上陸に始まるウォッチタワー作戦を順延することになる。
また、空母の攻撃力と脆弱性を鑑み、改マル5計画においては、改飛龍型(のちの《雲龍》型)ではなくて甲板装甲を有する改大鳳型およびG14型の建造に集中することになる。
FS作戦は、大小の海戦を繰り返し、それなりの損害を受けながらも順調に進み、42年末には完遂される。
しかし、米豪分断というFS作戦の目的は達成されない。やる気になっている連合国がオーストラリアを手放すわけがないのだ。
で、 43年は、南太平洋においては数次の大規模海戦が行われ、またポートモレスビー攻略作戦も進行する。イニシアティブを失うことが敗北への転落を意味すると承知している山本五十六は、かなりの損害を出しつつも攻勢を続け、隔月建造の勢いで空母を投入する米軍も、戦力の逐次投入の愚を承知しながらも部隊を展開し、出血を続ける。
こうして8月にはポートモレスビーも陥落するが、陸軍は伸びきった戦線を維持するため、ビルマ方面から戦力を引き抜くことを余儀なくされる。
また、9月にはイタリアが陥落し、ヨーロッパの戦局が改善するため、オーストラリアは講和に応じない。
艦隊を動かす重油がほぼ払底してしまった日本海軍は、別の方向からオーストラリアを屈服させるべく、連山を戦略爆撃機として用いるため開発を急がせる。また、航空戦力の消耗の激しさを補うため、ドイツが降伏したイタリア艦艇に用いた対艦誘導兵器の入手に腐心するようになる。
燃料の底がついた日本軍と戦力を損耗させてしまった米軍のどちらも、43年の後半は活発には動かなくなる。
なお、10月にはミッドウェーを奪還される。どのみち兵站が続くわけがないので当然である。同様にフィジーやサモアも放棄が決定される。連合艦隊は嫌がるだろうが、無い袖は振れない。
ちなみに、連合軍潜水艦による通商破壊戦は、史実と同様の展開である。つまり、ちまちまと攻撃を受けている。ガダルカナルの大消耗がないので、損害そのものは低いのだが、兵站が伸びている分、攻撃される可能性も増えているためだ。こうして11月には海上護衛総司令部が設立されるが、兵站が伸びている分、史実以上に苦労の多いことになるだろう。
日本が戦争のイニシアティブを失い、米軍の反攻が始まるのは44年が明けてから。
それを予想していた日本軍は、こつこつと蓄えてきた燃料備蓄を取り崩し、マーシャル沖での迎撃戦に挑むが、この時点で戦力バランスは米軍の方に傾いており、4月にはマーシャル諸島を失うことになる。史実より、約半年遅れというところか。
なお、ミッドウェー喪失の時点で島嶼防衛の重要性に気付いた日本は、マーシャルの防備に取り掛かったのだが、間に合わなかった。引き続きマリアナ諸島の防御に力を入れることになる。
なお、7月にはドイツの機密資料を多数積み込んだ《伊29》が日本に到着する。史実では台湾海峡付近で沈没しているのだが、まだ日本がマリアナ諸島やフィリピンを抑えているため、米軍潜水艦の攻撃は史実ほど深刻ではない。
なお、中国戦線では史実通り一号作戦(大陸打通作戦)が実施されている。大陸からのB29空襲は、やはり一定の脅威ではあったためだ。が、インパール作戦は行われていない。ビルマ方面の戦力がニューギニア方面へ引き抜かれていたため、守勢を保つことが肝要(というか他に方法がない)であると、ビルマ方面の指揮官だった牟田口廉也が考えていたためである。
米軍は数か月の準備を整え、ラバウルとトラックの航空戦力を叩いたうえで、サイパン上陸を狙う。
10月、史実より5か月遅れで行われたマリアナ沖海戦は、双方の海上戦力をすり潰すような激戦となる。が、このころまで何とか高い練度を有していた日本の航空戦力と、試験的に投入された対艦誘導弾「桜花」(ドイツのフリッツXの改良型)などの活躍もあり、かろうじて米軍を追い返す。ちなみにこれまでの消耗もあり、米軍機動部隊は史実ほどの陣容を擁してはいない。
上陸部隊を壊滅させられ、ニミッツは解任はされなかったものの、大きく発言力を減じることになる。代わりにニューギニア、フィリピン方面への攻勢を主張するマッカーサーの立場が強化される。
またルーズヴェルトは44年末の大統領選には勝利するが、史実ほどの圧倒的優勢ではなく、むしろ僅差の勝利といえる結果だった。
11月には日本軍はガダルカナルを放棄する。また2年半にわたって空母戦力を率いてきた小沢は軍令部次長に転任し、後任には中将に昇進した山口多門が就くことになる。
こうして45年を迎えた。
連合艦隊の主力は大きく戦力を減らし、これまで極力消耗戦を避けてきた航空部隊の練度もそろそろ低下しつつある。燃料不足も大規模戦闘の度に備蓄を失うので、充分とは言いかねる状況にある。
空母による殴り合いをなるべく回避するため、マリアナ沖でなかなかの成果を上げた対艦誘導弾の開発に力を入れることになった。マリアナ沖で投入された桜花11型は無線誘導で、着弾まで追随する必要があったため、VT信管付き対空砲弾を投入するようになった現状では損害が大きすぎた点が改良の要である。
かくして、国内で研究がすすめられていた赤外線誘導装置を搭載し、また搭載母機を一式陸攻から銀河に変えた22型が開発され、さらに開発は完了したものの使い道を失って宙ぶらりんだった連山に搭載する32型なども開発された。
赤外線誘導は母機が危険にさらされないというメリットがあるが、細かい誘導が出来ないというデメリットもある。強い赤外線を発する標的を狙うので、特定の大型艦に攻撃が集中してしまうのだ。時速800㎞で突っ込んでくる1.2トンもの弾頭の力をもってすれば、空母なら2発も喰らえば戦闘力を失ってしまうので、それ以上は無駄である。戦艦に対してはあまり効かないだろうけど。
いくら桜花の生産が簡単であるとしても、数を作るのはかなりの手間が必要であることも問題だった。いまだ国内が安泰なため、研究能力も十全を発揮できてはいるが、それでもこの時期の日本には手に余る代物だった。
が、アメリカの方も頭を悩ませていた。確かに日本海軍の力は減じつつあるのだが、決定的な差が出来ない。個々の戦闘において痛み分けに近い結果が続くため、総合力に勝るアメリカが最終的に勝利することは疑いない。
しかし、そこに至るまでの損害が問題となっていた。この時期、ヨーロッパ戦線はほぼけりがつく状態になっており、ドイツの降伏は時間の問題だった。
一方で太平洋戦線は思うようには進んでおらず、大統領と海軍が批判される結果になっていた。
ニューギニア攻略と次のフィリピン攻略へと歩を進めるべく2月より行われたラバウル・ポートモレスビー攻略戦では、連合艦隊総力と桜花を装備した連山の群れが、再建を果たした米軍に襲い掛かり、双方が壊滅的な損害を出した。
だが、桜花をまとめて喰らった米空母は、いかに間接防御力を発達させたエセックス級であってもまず沈んでしまう。一方で、《大鳳》・《信濃》などの重防御空母を前衛においた日本側は、戦力的には劣勢でもかなりの攻撃に持ちこたえるし、また戦闘後の回復も比較的早かった。が、それ以外の従来型空母はほとんどその姿を消していた。
凄惨な流血の末、3月にラバウルが、そして6月にポートモレスビーが陥落し、ようやくオーストラリアの脅威を除いてフィリピンへの道を開いたのだが、まだマリアナは戦力を保持している状態だった。つまり、史実より1年遅れていることになる。
それでも、逆に言えば1年かけてマリアナ・フィリピンを攻略すれば、日本本土への空襲や潜水艦攻撃を行うことが可能となる。いや、連合艦隊がほぼ戦力を喪失していることを考えると、それより早いかもしれない。
が、そうした見込みは、別の方向から崩されることになった。
2月に行われたヤルタ会談で、ドイツ降伏後に参戦することが決まっていたソ連が、史実通り8月9日に参戦し、満州を席巻した。
千島列島への攻撃は、再編中の日本海軍によって大打撃を受けて失敗したが、関東軍は後退を続けることになった。
日本軍は虎の子の連山を兵站攻撃に投入し、ソ連軍の前進を遅らせようとしたが、日本陸軍の再配置が完了し、ソ連軍の勢いを抑えることに成功した9月の時点で、朝鮮半島北部、そして山海関以北は全て喪失していた。
ここで、日本は連合国との講和への動きを本格化させた。
正確には、ラバウル失陥の責任を取って総辞職した東條内閣の後任となった鈴木貫太郎は、比較的早い時点から和平の可能性を探っていたのだが、連合国の対応は芳しくはなかった。
また日本側も7月に出されたポツダム宣言を、表面的には黙殺していた。
だが、ソ連の参戦を受け、事情が変わった。
ソ連に対して比較的宥和的だったルーズヴェルトが4月に死去し、後任となったトルーマンは、ソ連の勢力拡大を懸念していた。
このままでは、一年をかけて日本を屈服させる前に、ソ連の手で降伏しかねない。そうなると後れを取ってベルリンを奪われたドイツの二の舞となる。
チャーチルの後任となったアトリーも、ソ連の勢力拡大を望まなかった。
さらに、アメリカ国民がこれ以上の犠牲を望んでいなかった。
かくして、45年12月24日、ソ連を除く連合国各国(代表として米英仏蘭中)と日本との間で、オアフ停戦条約が調印された。条件は、南洋諸島を除く第一次大戦での獲得領土・中国からの獲得領土の返上、満州国解体、朝鮮独立。つまり、日本が日清戦争以降に築いた権益と領土、軍事同盟の全てを直ちに放棄する。ハルノートよりさらに踏み込んだものである。
そして翌46年2月15日、ソ連をはじめとするオアフ条約非調印国を含めたウラジオストク停戦条約調印。こちらで焦点となったのは、北半分を占領された朝鮮半島の扱いだった。将来的な朝鮮の独立を約束するが、暫定的に朝鮮半島における38度線を分割ラインとし、北側をソ連の所轄、南側を日本の所轄とする。将来的には統一し、信任統治を行う方針で合意。
こうした和平に対し、米軍の一部と中国政府では抵抗があった。特に国民党政府は日本の軍事力に制限を加えるよう求めていた。
が、アメリカ政府では対日から対ソへ仮想敵をシフトさせていたことと、大戦中の国民党政府のふがいなさと腐敗に愛想を尽かしており、かつ中国側もろくな人脈を持っていなかったことから、大きな発言力は持たなかった。また、どのみち制限するまでもなく、日本の軍事力はしばらく回復しそうにないと判断されていた。
なお、中国共産党は特に抵抗することもなく停戦を受け入れている。彼らは次の内戦へ目を向けていたためだ。日本が影響力を失い、連合国の手も届かないのであれば、ソ連からの潤沢な支援を受け取れる彼らの方が圧倒的に優勢である。
そして日本は、戦争に敗北しなかった。国家の存亡を勝利条件とするなら、むしろ勝利したといえる。
が、国内から崩壊しそうな状態だった。
多数の熟練労働者を徴兵された産業は体力を失い、また生産の内容も軍需産業へ偏りすぎていた。
植民地もすべて失ったため、資源の安定供給も見込めない。
四年を超える総力戦を戦い抜いた軍は、特に海軍は壊滅状態だった。
開戦前に600万トンに達していた商船団は半減していた。
差し当たり200個近い師団を動員していた陸軍は、十分の一以下にまで縮小する必要がある。
だが海軍の方は、特に問題ない。何せフネが残っていないから。
最後まで生き残った大型艦は、戦艦は《大和》・《武蔵》。空母は《翔鶴》・《瑞鶴》・《加賀》・《大鳳》・《海鳳》・《蒼鳳》・《信濃》。いずれもかなり損傷しており、長期の整備が必要となっている。特に老朽化した《加賀》は、解体した方が早いかもしれない。なお、改大鳳型が1隻、G14型が2隻ほど建造中だったが、いずれも資材不足のため工事は進捗していない。
重巡や軽巡はほぼ全滅している。すり潰されてしまったのだ。
駆逐艦も似たようなもので、戦前からの特型や甲型はほぼ姿を消している。秋月型や松型ばかりである。
潜水艦もほぼ壊滅。
大戦中盤からの海上護衛戦の主役だった海防艦などは多数残っているが、その大半は戦時急造型で、戦争が終われば予備艦となるか解体される運命である。
まとめてみると、確かに日本は生き残ったのだが、軍事大国としては生き残りようがない状態になっていた。
まぁ、植民地が無くなったので陸軍は必要なくなったが、海上交通路の覇権を争うべき海軍は、その根幹は残ったにせよほぼ一からの再建が必要となる。
太平洋の覇者となったアメリカが日本に対して特に好意的になる理由はないので、これからの日本は、史実以上に苦しいことになるであろう。
これまでの方法ではどうにもならないし、「勝てなかった」軍の発言力もかなり損なわれてしまっているので、これから当分の間は通商と外交で生きていくしかなさそうである。
加えて、おそらくは民主主義と共産主義の影響力が強まるはずである。
だが、アメリカの方も手放しでは喜べない。結局、「海軍の戦い」では日本に勝てなかったわけで、「陸軍の戦い」でドイツに勝利したことと比較されると、どうしても海軍の発言力が見劣りすることになる。
また、そもそも日本と争うことになった原因のひとつだった中国への権益は、戦争を終えても手に入らずじまいだった。むしろ、戦争末期になって参戦してきたソ連の影響力が増す結果となっている。
かくしてスターリンが漁夫の利を占めることになった。東アジア方面において、史実よりもより強力な立場を持てたためだ。朝鮮半島南部には日本が影響力を有する朝鮮人民共和国(史実ではすぐに消滅した。大韓民国の母体の一つ)が発足したが、親日・親米両派の争いや共産主義勢力の伸張などにより、あまり頭を悩ませることはないだろうと考えられる。
中国についても、近い将来、中国共産党による勝利がもたらされることだろう。
……とまぁ、こういう感じである。ちなみに世界中が民族主義のうねりに巻き込まれだす50年ごろに「ドイツ戦争」が起きて、東西が第三次世界大戦へと突き進む予定である。
日本はどちらからも距離を置く立ち位置にいるので、表向きは蚊帳の外、その裏側では戦時中から培ってきた親日民族主義勢力への支援を行い、東南アジアの独立を支援することになるかもしれない。
そういうふうに表現すると悪くなさそうだが、肝心のカネがないのが問題となる。史実と異なり、西側ブロックの金融力を当てにすることはできないためだ。
下手をすると、貧乏なまま共産主義革命が起きるかもしれない。
いずれにせよ、ひどいものである。文字通りの「火葬」戦記といえる。国土そのものはあまり酷いことにはならなかったが、連合艦隊はほとんど燃え尽きてしまった。たぶん、史実の日本より悪い状態で戦後という時代を歩むことになるのではなかろうか。史実とは異なり、西側からも東側からも嫌われている状態なので。
うまくいったとして、軍部独裁体制から民主主義へのゆるやかな路線転換。悪い場合は共産主義革命。もしくは軍部による反クーデタ。後者の方が悪いかな。
もちろん、第三次世界大戦が飛び火してキノコ雲がたつというデッドエンドもあるが、まぁそれは仕方がない。人類滅亡みたいなものだし。
ただ、1949年に核実験に成功したソ連が、1950年代前半において、日本にまで核攻撃を仕掛けられる可能性はあまり高くなさそうだ。
こういう妄想はやってみると結構楽しいものだが、妄想以上のものではないことを強く感じるようにもなる。何せ、ある程度真面目に検討すると、ほとんどの場合史実より悪い結果になる。
考えてみれば当たり前の話で、現実だと必ず起きる「都合の良い偶然」は起きず、「都合の悪い偶然」は概ね起きる。前者は記録上存在しないが、後者は記録上存在するのでこうなるのは仕方がない。
また、現実において様々な戦略を立て、戦術を遂行していた人々は、僕よりもはるかに高い能力を持った人々である。例えば今回、米軍の反攻戦略を史実のそれに近い「飛び石戦略」で組み立て、史実よりも強力な抵抗を受けたことにより失敗させて、マッカーサーの陸路戦略に切り替えさせたが、本職の高級参謀たちなら別の戦略を立てていたかもしれない。ポートモレスビーやラバウルをいちいち占領せずに無力化するにとどめ、フィリピンをまっすぐ狙うとか。
アメリカが対日勝利をあきらめた理由として、米軍の進行速度の遅さと損害に比してソ連の侵攻が速やかだったことが挙げられるが、45年初めごろまでにフィリピンの制海権を握れば、日本の海上交通路は干上がってしまう。マリアナ諸島を攻略せずとも、日本を降伏に追い込むこともできたかもしれない。
このように妄想の上に妄想を重ねて出来上がった仮想世界にKaiserreichなんかがあるが、ああいうのはなかなか大変なものだと思う。
こちらもこの妄想世界をさらに推し進めて第三次世界大戦にまで持っていければ良いのだが、まぁそれまでに飽きてしまいそうだ。
2010年12月23日木曜日
師走二十三日
ヤマと見ていた先週が終わり、何とか一息付けた。
今のところ、致命的な……というと言い過ぎだが、大過なく過ごせている。
あと一週間弱で、とりあえず年内は終わる。まぁ、何とかなるだろう。
色々と疲れてきているので、ゲームとかはあまりしていなかった。
A)帰宅→スキャン作業→酒飲んでニコニコ見て寝る
B)帰宅→酒飲んで仮眠→スキャン作業→酒飲んでニコニコ見て寝る
ダメだね。これは。
我ながらダメダメなので、頭を使わなくても出来る仕事を進める。
具体的には、先日来続けている『清塩法志』のデータ整理。
各地の行塩引数をExcelもといOpenOfficeのCalcに投げ込む。
中国のほとんど全ての県名を入力し、それぞれに対応するデータを打ち込む。
甘粛・新疆や東北三省などの、塩政からはやや切り離された地域は除外し、山東・雲南のデータはまだコピーを取っていないのでこれまた除外し、広東・広西は作業を終えているのでこれも外すとしても、900近い県や州が存在する。
こうした地名をいちいち入力し、それぞれに数件の塩引データを入力する。今こうやって書いている文章を見直すとうんざりしてくる話だが、まぁやりましたよ。ほぼ。残るは福建だけ。
素面でこんな事をやりたくはないのだが、酒を呑むと単純作業であっても──むしろ単純作業だからこそ──作業にならなくなるので、作業用BGMを聴きながら。
ここからBGMをセレクトしていたのだが、Cowboy Bepopと攻殻と平沢進は作業用BGMに向いていないことがよく分かった。
作業用BGMとして一番良く使っているのは、しらは作品集。もう何回聴いたことか、サッパリ覚えていない。作者サイトからmp3を落としてiPodに入れて聴いたりもしているので、三桁にはなっているはず。良く飽きないモノだ。
東方のアレンジ曲なのだが、僕のように東方をやり込んでいるわけでもない人間でも楽しめる。
ちなみにいまも聴いている。
スキャン作業は、結構順調になってきた。時間そのものはだいたい2時間程度を割り当てることにしており、短くすることを重視していない。
逆に、スキャン作業しながらでも出来る仕事を進めるようにしている。料理や掃除なんかは結構出来るものである。
池波正太郎の「鬼平」と「剣客商売」を始末できたので、もっぱらそれを読んでいる。何度読んでも面白いね。
「梅安」シリーズはまだだが、これは冊数が少ないので。池波正太郎のシリーズものでは、「真田太平記」はまだ集めていないのだが、もう少し片が付いたら集めようかと思う。
他に佐藤大輔と谷甲州の本も、だいたい片付きつつある。RSBCの文庫版がまだ残っているが。
あと、「グインサーガ」シリーズがまだ手つかずだ。栗本薫の小説は、これと「魔界水滸伝」ぐらいしか読んでいない。「魔界水滸伝」は昔処分してしまったので、手元にない。
「魔界水滸伝」はそれほど面白いとは思わなかったが、横山信義の「八八艦隊物語」は、処分したことを後悔している。
他にも色々と棄てたからなぁ。今にしてみればもったいない話だ。
文庫と新書を主に処分してきたのだが、最近は雑誌類も対象としている。雑誌といっても一般雑誌は持っていない。専ら学術雑誌。
A5サイズのオーソドックスなものが大半だが、一部B5サイズの少し大きいものも混ざっている。一般書ではなく学術雑誌を処分するのは、こいつらはあまり頻繁に読まないため。
本当を言えばA5サイズを読めるKindleDXかiPadかGalapagosの大きいヤツが手に入るまで待ちたいのだが、カネがないのでまだ先の話になる。
学術雑誌の場合、気楽に読むことはあまりないので、必要に応じてPCで読めばいいという判断である。
こうして少しずつ空きスペースを増やしているのだが、まだあまり片付いたという実感はない。まぁ、まだ200冊程度しか減らしていないので、そんなものだろう。
一ヶ月200冊とすれば、来月の今ぐらいになれば、多少は実感が湧くだろうか。
今のところ、致命的な……というと言い過ぎだが、大過なく過ごせている。
あと一週間弱で、とりあえず年内は終わる。まぁ、何とかなるだろう。
色々と疲れてきているので、ゲームとかはあまりしていなかった。
A)帰宅→スキャン作業→酒飲んでニコニコ見て寝る
B)帰宅→酒飲んで仮眠→スキャン作業→酒飲んでニコニコ見て寝る
ダメだね。これは。
我ながらダメダメなので、頭を使わなくても出来る仕事を進める。
具体的には、先日来続けている『清塩法志』のデータ整理。
各地の行塩引数をExcelもといOpenOfficeのCalcに投げ込む。
中国のほとんど全ての県名を入力し、それぞれに対応するデータを打ち込む。
甘粛・新疆や東北三省などの、塩政からはやや切り離された地域は除外し、山東・雲南のデータはまだコピーを取っていないのでこれまた除外し、広東・広西は作業を終えているのでこれも外すとしても、900近い県や州が存在する。
こうした地名をいちいち入力し、それぞれに数件の塩引データを入力する。今こうやって書いている文章を見直すとうんざりしてくる話だが、まぁやりましたよ。ほぼ。残るは福建だけ。
素面でこんな事をやりたくはないのだが、酒を呑むと単純作業であっても──むしろ単純作業だからこそ──作業にならなくなるので、作業用BGMを聴きながら。
ここからBGMをセレクトしていたのだが、Cowboy Bepopと攻殻と平沢進は作業用BGMに向いていないことがよく分かった。
作業用BGMとして一番良く使っているのは、しらは作品集。もう何回聴いたことか、サッパリ覚えていない。作者サイトからmp3を落としてiPodに入れて聴いたりもしているので、三桁にはなっているはず。良く飽きないモノだ。
東方のアレンジ曲なのだが、僕のように東方をやり込んでいるわけでもない人間でも楽しめる。
ちなみにいまも聴いている。
スキャン作業は、結構順調になってきた。時間そのものはだいたい2時間程度を割り当てることにしており、短くすることを重視していない。
逆に、スキャン作業しながらでも出来る仕事を進めるようにしている。料理や掃除なんかは結構出来るものである。
池波正太郎の「鬼平」と「剣客商売」を始末できたので、もっぱらそれを読んでいる。何度読んでも面白いね。
「梅安」シリーズはまだだが、これは冊数が少ないので。池波正太郎のシリーズものでは、「真田太平記」はまだ集めていないのだが、もう少し片が付いたら集めようかと思う。
他に佐藤大輔と谷甲州の本も、だいたい片付きつつある。RSBCの文庫版がまだ残っているが。
あと、「グインサーガ」シリーズがまだ手つかずだ。栗本薫の小説は、これと「魔界水滸伝」ぐらいしか読んでいない。「魔界水滸伝」は昔処分してしまったので、手元にない。
「魔界水滸伝」はそれほど面白いとは思わなかったが、横山信義の「八八艦隊物語」は、処分したことを後悔している。
他にも色々と棄てたからなぁ。今にしてみればもったいない話だ。
文庫と新書を主に処分してきたのだが、最近は雑誌類も対象としている。雑誌といっても一般雑誌は持っていない。専ら学術雑誌。
A5サイズのオーソドックスなものが大半だが、一部B5サイズの少し大きいものも混ざっている。一般書ではなく学術雑誌を処分するのは、こいつらはあまり頻繁に読まないため。
本当を言えばA5サイズを読めるKindleDXかiPadかGalapagosの大きいヤツが手に入るまで待ちたいのだが、カネがないのでまだ先の話になる。
学術雑誌の場合、気楽に読むことはあまりないので、必要に応じてPCで読めばいいという判断である。
こうして少しずつ空きスペースを増やしているのだが、まだあまり片付いたという実感はない。まぁ、まだ200冊程度しか減らしていないので、そんなものだろう。
一ヶ月200冊とすれば、来月の今ぐらいになれば、多少は実感が湧くだろうか。
2010年11月19日金曜日
霜月十八日
先日、10冊の本をデジタル化するのに1時間と書いたが、1時間半ぐらいかかるようだ。
で、少し考えた。
仮にこの労働に時給1000円の価値があるとすると、90分で10冊の図書を処理するわけだから、1冊あたり150円のコストがかかることになる。
この作業に主に投入する機材として、スキャナとKindelが挙げられるが(裁断機とPCは除く)、両者のコストを6万円とし、減価償却に1200日(つまり使えなくなるまで約3年半)かかるとする。
一週間に30冊の本をデジタル化すると仮定すると、一年間には約1500冊、3.5年では5000冊オーバーが処理されることになる。つまり1冊あたり12円である。まぁ、現実にはそこまで大量の本を処理するわけでもなし、出来るものでもないので、20~50円ぐらいになるだろうか。
合計すると、一冊当たり180円前後のコストがかかっているわけである。
これは果たして妥当なコストなのだろうか。
文庫もしくは新書をBookoffで、100円で買うとするなら、だいたい300円ほどの出費というわけである。
状態のいいやつを400円程度で買う場合でも、500円。
まぁ、手が出ないとか腹にすえかねるとかそういう感情は湧きそうにない。
将来的にはDXあたりの9インチモデルを買い、論文なんかも抹殺したいところである。
ただし、学術書は註をチェックする必要が多いので、ページ送りが感覚的に行えない電子書籍は今一つ向いていない。一方通行的に読む小説などの読み物には向いているのだが。
このあたりが電子書籍が紙に劣る点だろう。ちょっと、うまく解決する方法を思い付けそうにない。
で、少し考えた。
仮にこの労働に時給1000円の価値があるとすると、90分で10冊の図書を処理するわけだから、1冊あたり150円のコストがかかることになる。
この作業に主に投入する機材として、スキャナとKindelが挙げられるが(裁断機とPCは除く)、両者のコストを6万円とし、減価償却に1200日(つまり使えなくなるまで約3年半)かかるとする。
一週間に30冊の本をデジタル化すると仮定すると、一年間には約1500冊、3.5年では5000冊オーバーが処理されることになる。つまり1冊あたり12円である。まぁ、現実にはそこまで大量の本を処理するわけでもなし、出来るものでもないので、20~50円ぐらいになるだろうか。
合計すると、一冊当たり180円前後のコストがかかっているわけである。
これは果たして妥当なコストなのだろうか。
文庫もしくは新書をBookoffで、100円で買うとするなら、だいたい300円ほどの出費というわけである。
状態のいいやつを400円程度で買う場合でも、500円。
まぁ、手が出ないとか腹にすえかねるとかそういう感情は湧きそうにない。
将来的にはDXあたりの9インチモデルを買い、論文なんかも抹殺したいところである。
ただし、学術書は註をチェックする必要が多いので、ページ送りが感覚的に行えない電子書籍は今一つ向いていない。一方通行的に読む小説などの読み物には向いているのだが。
このあたりが電子書籍が紙に劣る点だろう。ちょっと、うまく解決する方法を思い付けそうにない。
2010年11月14日日曜日
霜月十四日
我が蔵書のデジタライズ作業は、毎週40冊を目標としている。
その根拠は、裁断を行う場所である大学に持ち込みやすい小型カバンには8冊が丁度入るようになっており、理屈の上では5日通うわけだから8*5=40冊というわけである。
もちろん、現実にそんな風に行くとは全く思っていない。
ある程度裁断した本を貯めておき、この週末にかけてデジタライズしてみたのだが、日産10冊あたりが目処のようである。
工程としては、
1. スーパーファインのカラーモード(300dpi)で取り込み
2. 取り込み原稿からPDF Knifeを用いて、最初と最後の3頁(巻頭挿絵などのカラー頁がある場合はそれも)を分割。
3. スーパーファインの白黒モード(600dpi)で2の部分以外を取り込み
4. pdfpdfpdf.comを用いて2と3を結合
5. ChainLPを用いてトリミング
6. Kindleにファイルを転送後、KinColEditorを用いてコレクションの反映
7. 2および4で出来たファイルはバックアップ用に保存
という段取りである。だいたい10冊で1時間ほどかかるだろうか。
最初から白黒だけでやればもっと早いのだろうが、将来、カラー化導入の可能性を踏まえ、一応残しておく。また、カラー版での取り込みは、裁断ミスなどのチェックを兼ねている。
作業に取りかかる前は、大した手間は要るまいなどとたかをくくっていたのだが、存外に作業量が多い。手際よく処理するようつとめると、他の仕事などとてもしていられない。
つまるところ、意外と面倒なので、仮に裁断をしっかり40冊やったとしても、週に四回もこれをやっていられるかどうか分からないのである。
ただし、10冊なら10冊分の処理をすれば、その分のスペースが空くというのは快感である。
なんというか、ある種かさぶたをはがすときの快感というものに近かろうか。その手の性癖には今ひとつ疎いので、適当なのかどうかは分からないが。
もっとも、これまでぎりぎりにまで詰め込んできているので、多少減ったとしても、実感できるほどの変化はまだない。
文庫本及び新書サイズのストックでさえ、ざっと見たところ2~300冊はある。部屋の随所に詰め込んであるモノを開放すれば、その数倍はあるだろう。実家に置いてきたものを含めれば、更にその倍はあるかもしれない。
まぁ、仮に隔日で一年間この作業を行うとしたら、およそ1000冊ほど片付くわけである。さすがにそれだけ減らせれば、ずいぶんと変わるだろう。
先は長いので、のんびりやる所存である。
その根拠は、裁断を行う場所である大学に持ち込みやすい小型カバンには8冊が丁度入るようになっており、理屈の上では5日通うわけだから8*5=40冊というわけである。
もちろん、現実にそんな風に行くとは全く思っていない。
ある程度裁断した本を貯めておき、この週末にかけてデジタライズしてみたのだが、日産10冊あたりが目処のようである。
工程としては、
1. スーパーファインのカラーモード(300dpi)で取り込み
2. 取り込み原稿からPDF Knifeを用いて、最初と最後の3頁(巻頭挿絵などのカラー頁がある場合はそれも)を分割。
3. スーパーファインの白黒モード(600dpi)で2の部分以外を取り込み
4. pdfpdfpdf.comを用いて2と3を結合
5. ChainLPを用いてトリミング
6. Kindleにファイルを転送後、KinColEditorを用いてコレクションの反映
7. 2および4で出来たファイルはバックアップ用に保存
という段取りである。だいたい10冊で1時間ほどかかるだろうか。
最初から白黒だけでやればもっと早いのだろうが、将来、カラー化導入の可能性を踏まえ、一応残しておく。また、カラー版での取り込みは、裁断ミスなどのチェックを兼ねている。
作業に取りかかる前は、大した手間は要るまいなどとたかをくくっていたのだが、存外に作業量が多い。手際よく処理するようつとめると、他の仕事などとてもしていられない。
つまるところ、意外と面倒なので、仮に裁断をしっかり40冊やったとしても、週に四回もこれをやっていられるかどうか分からないのである。
ただし、10冊なら10冊分の処理をすれば、その分のスペースが空くというのは快感である。
なんというか、ある種かさぶたをはがすときの快感というものに近かろうか。その手の性癖には今ひとつ疎いので、適当なのかどうかは分からないが。
もっとも、これまでぎりぎりにまで詰め込んできているので、多少減ったとしても、実感できるほどの変化はまだない。
文庫本及び新書サイズのストックでさえ、ざっと見たところ2~300冊はある。部屋の随所に詰め込んであるモノを開放すれば、その数倍はあるだろう。実家に置いてきたものを含めれば、更にその倍はあるかもしれない。
まぁ、仮に隔日で一年間この作業を行うとしたら、およそ1000冊ほど片付くわけである。さすがにそれだけ減らせれば、ずいぶんと変わるだろう。
先は長いので、のんびりやる所存である。
2010年11月13日土曜日
霜月十三日
図書館において、僕の仕事は、ひとことでいえば「雑用」である。
一応、表芸は遡及、つまり古典籍の書誌情報の作成になるのだが、こちらは手下に任せれば問題ない体制を作り上げたので、僕自身はほとんどタッチしない。トラブルシューティングと各担当の調整、作業計画の立案及び評価が仕事である。
……いやまぁ、バイトのする仕事じゃないというかどう見ても管理職です本当に(ry
で、今年度からメインになりだしたのがリポジトリ。これについては折々触れている。
もうひとつは、貴重書の管理。こいつは表芸とも一応関係する。現時点でほとんどの貴重書が遡及されていないので、いつかは作業対象となるためだ。
もっとも、下手に遡及してオンライン検索が可能になると、わけのわからない連中が見せてくれと世界中(文字通り)から押し寄せてくる可能性が馬鹿にならないほどあるので、上司は乗り気ではない。僕も、まぁ同意見である。
代わりに、デジタル撮影して画像をアップロードし、それを見てもらう。デジタルアーカイブという作業だが、これも表芸のひとつ。
もちろん、撮影やサーバーの管理などは僕の手に余るので、それらについては内部や外部の専門家に委託することになる。
僕がするのは、撮影対象のリスト選定である。
貴重書はマスターカードと呼ばれる資料整理カードと、それをまとめた函架簿と呼ばれる台帳によって管理される。いちおう、貴重書目録も公刊されているのだが、戦前に編纂されたものは、さすがに古すぎ、最近になって編纂されたものは、あいにくと出来が悪すぎるため、どちらも使い勝手が悪い。
仕方ないので、数年前に函架簿からExcelにデータを入力した。全部で6000件ぐらいはあるだろう。
面倒な作業だったが、今ではこれが作業管理のベースとなっているのだから、ま、やっておくべき仕事ではあったのだろう。
で、このExcelのシートを眺めながら、撮影対象を決めるわけである。
仏教系大学であり、非常に多くの資料を引き継いでいることから、ラインナップは豊富である。当然、仏教書が中心となり、次いで日本文学関係。そして史料関係。
僕の本業からして、本当は史料類を優先して公開したいのだが、まぁ、一般受けしそうにないので、そこはある程度抑える。予算には限りがあるためだ。
一般受けしそうな絵の入る図書を選び、また源氏物語や平家物語のような冊数の多い図書を収め、その周辺に史料類を放り込むというようにして埋めていくわけである。
例年は僕一人で決めていたのだが、今年は日本文学を専攻する同僚にもリストの一部を渡し、助言を求めた。常日頃から、東京方面の研究者たちがウチの蔵書について知りたがっていると聞かされていたので、何ならそういう人たちの中で信用できる人に、こっそりと検討してもらってもかまわないと言っておいた。
数日後、返事が返ってきた。
どうも、僕が選んだリストは、刺激が強すぎるものらしい。そこからさらに厳選したリストを作成して向こうさんに見せたそうなのだが、それでもかなり興奮していたそうな。
なんでも、東京方面の大学が持っている本は、すべて研究されつくしているそうな。
こちらが昔から抱え込んできた本は、いわば「未発掘」の資料らしい。
ウチの大学は、いろんな意味で閉鎖的であり、外部への情報発信にあまり熱心ではない、らしい。まぁ、それは僕にもある程度わかる。
大学の格からすると不相応なほど充実した資料を持っているので、あまりよそへ出歩く必要がないのだ。
さすがに近年はそうも言ってられなくなっており、こうした傾向がいろいろと足を引っ張っているのだが、それは措く。
話を戻して、そういうわけで東京方面の研究者からすると、閉まったままの宝箱的な位置づけにあるらしい。
同僚から、「このリスト、安易に公開しないでくださいね」とのお言葉をいただいた。
下手をすると、研究者からストーカーじみた真似をされかねないですよという、冗談とも本気ともつかない忠告を受けた次第である。
ついでに、リストには史料関係もいろいろと載せておいたのだが、これもまずいらしい。
ウチの大学、というか本家は、日本史上のあれやこれやに関わっており、白い歴史も黒い歴史も有している。
図書館とは別に、史料編纂室というのがあって、そこでは保管された史料からいわゆる正史を編纂しているのだが、その一部は図書館にもあるわけである。
こういうところで編纂された「正史」は、要するに白い歴史である。黒い部分は表に出ない。
図らずも白か黒かも判じかねる史料を公表しようとしたわけであり、これはかなりのリスクを伴うというのが、同僚とその師匠の懸念するところであった。
一応、僕の意識は歴史屋さんであり、史料に黒も白もあるかというのが正直なところである。というか、白い史料は放っておいても表に出るはずなので、むしろ黒い史料こそガンガン公表すべきであると思っている。
とはいえ、独善からそこまで踏み込んでしまうと、被るリスクが大変なものとなりかねない。実際に火の粉を浴びるのは、正規の職員である上司や課長あたりになるのだろうが、万一、身分の保証なぞ皆無の僕にまで及んだ場合、速攻で首が飛ぶことになる。
また、非公開(ではないのだが、みんなそう思っている)の資料を公開すると、一部の教員が心証を悪くしかねないとも言われた。資料の公開性・共有性が研究の大前提であると思っている僕からすると噴飯ものだが、「俺の資料を勝手に公開するな」的な先生様は、存外に存在する。そういう人に限って、ロクに論文も書かない……かどうかは知らないが、少なくともそう忠告してくれた同僚は、自身の経験としてひどい目にあったことがあり、僕からするといささか過剰なほど、この手のリスクを警戒している。
結論として、大学の先生の集まる委員会にリストを提出し、その裁可を受けるという案をひねり出した。これなら、面倒が起きた場合には先生方が引き受けるという建前というかエクスキューズを作ることができる。
上司は、寝た子を起こすことになるのではないかと懸念しているが、まぁ判断するのは課長である。
その課長は来週頭まで出張しているので、それからの話になるだろう。
などと、例によってnoriともりりんに話したのだが、「クトゥルーの世界だな」とか言って笑っていた。
僕は、冒頭あたりで原因不明の死を遂げる図書館職員というわけである。
死ぬ時には携帯に向かって意味不明の言葉を叫べるよう、用意を整えておかねばなるまい。
一応、表芸は遡及、つまり古典籍の書誌情報の作成になるのだが、こちらは手下に任せれば問題ない体制を作り上げたので、僕自身はほとんどタッチしない。トラブルシューティングと各担当の調整、作業計画の立案及び評価が仕事である。
……いやまぁ、バイトのする仕事じゃないというかどう見ても管理職です本当に(ry
で、今年度からメインになりだしたのがリポジトリ。これについては折々触れている。
もうひとつは、貴重書の管理。こいつは表芸とも一応関係する。現時点でほとんどの貴重書が遡及されていないので、いつかは作業対象となるためだ。
もっとも、下手に遡及してオンライン検索が可能になると、わけのわからない連中が見せてくれと世界中(文字通り)から押し寄せてくる可能性が馬鹿にならないほどあるので、上司は乗り気ではない。僕も、まぁ同意見である。
代わりに、デジタル撮影して画像をアップロードし、それを見てもらう。デジタルアーカイブという作業だが、これも表芸のひとつ。
もちろん、撮影やサーバーの管理などは僕の手に余るので、それらについては内部や外部の専門家に委託することになる。
僕がするのは、撮影対象のリスト選定である。
貴重書はマスターカードと呼ばれる資料整理カードと、それをまとめた函架簿と呼ばれる台帳によって管理される。いちおう、貴重書目録も公刊されているのだが、戦前に編纂されたものは、さすがに古すぎ、最近になって編纂されたものは、あいにくと出来が悪すぎるため、どちらも使い勝手が悪い。
仕方ないので、数年前に函架簿からExcelにデータを入力した。全部で6000件ぐらいはあるだろう。
面倒な作業だったが、今ではこれが作業管理のベースとなっているのだから、ま、やっておくべき仕事ではあったのだろう。
で、このExcelのシートを眺めながら、撮影対象を決めるわけである。
仏教系大学であり、非常に多くの資料を引き継いでいることから、ラインナップは豊富である。当然、仏教書が中心となり、次いで日本文学関係。そして史料関係。
僕の本業からして、本当は史料類を優先して公開したいのだが、まぁ、一般受けしそうにないので、そこはある程度抑える。予算には限りがあるためだ。
一般受けしそうな絵の入る図書を選び、また源氏物語や平家物語のような冊数の多い図書を収め、その周辺に史料類を放り込むというようにして埋めていくわけである。
例年は僕一人で決めていたのだが、今年は日本文学を専攻する同僚にもリストの一部を渡し、助言を求めた。常日頃から、東京方面の研究者たちがウチの蔵書について知りたがっていると聞かされていたので、何ならそういう人たちの中で信用できる人に、こっそりと検討してもらってもかまわないと言っておいた。
数日後、返事が返ってきた。
どうも、僕が選んだリストは、刺激が強すぎるものらしい。そこからさらに厳選したリストを作成して向こうさんに見せたそうなのだが、それでもかなり興奮していたそうな。
なんでも、東京方面の大学が持っている本は、すべて研究されつくしているそうな。
こちらが昔から抱え込んできた本は、いわば「未発掘」の資料らしい。
ウチの大学は、いろんな意味で閉鎖的であり、外部への情報発信にあまり熱心ではない、らしい。まぁ、それは僕にもある程度わかる。
大学の格からすると不相応なほど充実した資料を持っているので、あまりよそへ出歩く必要がないのだ。
さすがに近年はそうも言ってられなくなっており、こうした傾向がいろいろと足を引っ張っているのだが、それは措く。
話を戻して、そういうわけで東京方面の研究者からすると、閉まったままの宝箱的な位置づけにあるらしい。
同僚から、「このリスト、安易に公開しないでくださいね」とのお言葉をいただいた。
下手をすると、研究者からストーカーじみた真似をされかねないですよという、冗談とも本気ともつかない忠告を受けた次第である。
ついでに、リストには史料関係もいろいろと載せておいたのだが、これもまずいらしい。
ウチの大学、というか本家は、日本史上のあれやこれやに関わっており、白い歴史も黒い歴史も有している。
図書館とは別に、史料編纂室というのがあって、そこでは保管された史料からいわゆる正史を編纂しているのだが、その一部は図書館にもあるわけである。
こういうところで編纂された「正史」は、要するに白い歴史である。黒い部分は表に出ない。
図らずも白か黒かも判じかねる史料を公表しようとしたわけであり、これはかなりのリスクを伴うというのが、同僚とその師匠の懸念するところであった。
一応、僕の意識は歴史屋さんであり、史料に黒も白もあるかというのが正直なところである。というか、白い史料は放っておいても表に出るはずなので、むしろ黒い史料こそガンガン公表すべきであると思っている。
とはいえ、独善からそこまで踏み込んでしまうと、被るリスクが大変なものとなりかねない。実際に火の粉を浴びるのは、正規の職員である上司や課長あたりになるのだろうが、万一、身分の保証なぞ皆無の僕にまで及んだ場合、速攻で首が飛ぶことになる。
また、非公開(ではないのだが、みんなそう思っている)の資料を公開すると、一部の教員が心証を悪くしかねないとも言われた。資料の公開性・共有性が研究の大前提であると思っている僕からすると噴飯ものだが、「俺の資料を勝手に公開するな」的な先生様は、存外に存在する。そういう人に限って、ロクに論文も書かない……かどうかは知らないが、少なくともそう忠告してくれた同僚は、自身の経験としてひどい目にあったことがあり、僕からするといささか過剰なほど、この手のリスクを警戒している。
結論として、大学の先生の集まる委員会にリストを提出し、その裁可を受けるという案をひねり出した。これなら、面倒が起きた場合には先生方が引き受けるという建前というかエクスキューズを作ることができる。
上司は、寝た子を起こすことになるのではないかと懸念しているが、まぁ判断するのは課長である。
その課長は来週頭まで出張しているので、それからの話になるだろう。
などと、例によってnoriともりりんに話したのだが、「クトゥルーの世界だな」とか言って笑っていた。
僕は、冒頭あたりで原因不明の死を遂げる図書館職員というわけである。
死ぬ時には携帯に向かって意味不明の言葉を叫べるよう、用意を整えておかねばなるまい。
2010年11月11日木曜日
霜月十一日
気になった記事二点。
カラー対応E-Inkを実戦投入するとの記事が出た。
おそらく、近いうちにKindleにも搭載されることになるだろう。
現行のKindle3では、基本的に白黒である。電圧によって白と黒のどちらかを表示するというE-Inkの原理からしてカラーは無理と思っていたのだが、色付きのフィルターを通すことでそれを可能にしたとのこと。
これにより、大きな変化がもたらされそうな気がする。
僕は基本的に文庫や新書などの文字情報を電子化するためにKindleを用いているのだが、コミックを読むにあたっても、これで実用的になる。4096色というから、まず問題なかろう。
また、古い本で黄変したページなんかも、これでいちいち調整する手間が省けるというものである。
まぁ、その分重くなりそうだが、プレゼンによると2割程度処理速度が上がっているそうだから、相殺されるのではなかろうか。
市場に投入され、レヴューが出るまでしばらくかかりそうだが、今から楽しみである。
例の衝突ビデオ流出事件について、毎日新聞論説副委員長の与良正男が尖閣ビデオが示すことというコラムを書いた。
内容はともかくとして、
職員が「ネットが最も手っ取り早く、効果的だ」と判断したのだけは間違いないはずだ。そして、これは内部告発の有効手段として今後、拡大していくだろう。それが今回のビデオ流出が示す、もう一つの側面だ。
という一節が目を引いた。
今回の騒動で、ごく初期のころからニコニコや2chなどで言われていたことは、新聞やテレビなど、従来型メディアではなく、ユーチューブという動画サイトが利用されたことである。つまり、従来型メディアでは取り上げられない可能性があるため、つべに上げたというわけである。
こうした世界は昔から反権力・反体制の傾向が強く、その延長上として従来型メディアも槍玉に挙げられることが多かったのだが、その是非はともかくとして、従来型メディアによる報道の中で、なぜ従来型メディアではなくてユーチューブだったのかということを取り上げたものは、これが初見である。大して熱心に記事をチェックしているわけでもないので、見落としているだけの可能性も高いが、まぁそれは措くとして。
今回のような政治的に大きな影響を及ぼす告発については、今後も同様の傾向が続くのではないかと思う。もう少しうまくやれば、足跡を残さずにやれると思う人間がいてもおかしくないし、ウィキリークスのような告発サイトを使う人間も出てくるだろう。
いずれにせよ、従来型メディアに対する不信感の表れと考えると、興味深いことである。
カラー対応E-Inkを実戦投入するとの記事が出た。
おそらく、近いうちにKindleにも搭載されることになるだろう。
現行のKindle3では、基本的に白黒である。電圧によって白と黒のどちらかを表示するというE-Inkの原理からしてカラーは無理と思っていたのだが、色付きのフィルターを通すことでそれを可能にしたとのこと。
これにより、大きな変化がもたらされそうな気がする。
僕は基本的に文庫や新書などの文字情報を電子化するためにKindleを用いているのだが、コミックを読むにあたっても、これで実用的になる。4096色というから、まず問題なかろう。
また、古い本で黄変したページなんかも、これでいちいち調整する手間が省けるというものである。
まぁ、その分重くなりそうだが、プレゼンによると2割程度処理速度が上がっているそうだから、相殺されるのではなかろうか。
市場に投入され、レヴューが出るまでしばらくかかりそうだが、今から楽しみである。
例の衝突ビデオ流出事件について、毎日新聞論説副委員長の与良正男が尖閣ビデオが示すことというコラムを書いた。
内容はともかくとして、
職員が「ネットが最も手っ取り早く、効果的だ」と判断したのだけは間違いないはずだ。そして、これは内部告発の有効手段として今後、拡大していくだろう。それが今回のビデオ流出が示す、もう一つの側面だ。
という一節が目を引いた。
今回の騒動で、ごく初期のころからニコニコや2chなどで言われていたことは、新聞やテレビなど、従来型メディアではなく、ユーチューブという動画サイトが利用されたことである。つまり、従来型メディアでは取り上げられない可能性があるため、つべに上げたというわけである。
こうした世界は昔から反権力・反体制の傾向が強く、その延長上として従来型メディアも槍玉に挙げられることが多かったのだが、その是非はともかくとして、従来型メディアによる報道の中で、なぜ従来型メディアではなくてユーチューブだったのかということを取り上げたものは、これが初見である。大して熱心に記事をチェックしているわけでもないので、見落としているだけの可能性も高いが、まぁそれは措くとして。
今回のような政治的に大きな影響を及ぼす告発については、今後も同様の傾向が続くのではないかと思う。もう少しうまくやれば、足跡を残さずにやれると思う人間がいてもおかしくないし、ウィキリークスのような告発サイトを使う人間も出てくるだろう。
いずれにせよ、従来型メディアに対する不信感の表れと考えると、興味深いことである。
2010年11月8日月曜日
霜月八日
先週金曜日は、いわゆる学祭のため、仕事はお休みである。
有休をもらえない身では、平日の休みというのは貴重である。まぁ、金が入らないことには変わりないが。
というわけで、人文研へ赴いた。
目的は『清塩法志』のコピー。先日から進めている四庫全書所収の地方志に記載された塩政史料と比較するためである。
以前にも書いたが、四庫全書の史料は、おおむね康煕末年から雍正年間頃、17世紀末から18世紀初め頃の情報を記載している。で、『清塩法志』は19世紀後半以降、清末の情報を記載している。
この両者の行塩数を比較し、大きな変化が見られないなら、清朝は清代中期以降の人口増加に伴う塩需要の増大に積極的な手を打たず、その分を私塩に委ねていたということになる。
そのことにどういう意味があるのかというと、清の財政構造は、需要に対して柔軟に供給を増やせるようにはなっていなかったということが言えるわけである。少なくとも財政の三割から五割程度を占める塩政においては。
安定期なら問題ないが、財政需要が増えてきたとき、それに対応できずに王朝が滅亡したのではないかというのが、立証しようとしている仮説である。
そしてそういう硬直した財政構造は、明と清という近世中国の王朝が共通して持つ性質ではないのかというのが、その先の話である。
まぁ、結論ありきで研究を進めているわけではないし、近世中国の財政が塩政だけで構成されているわけでもないので、先は長い。
まー、週末から今日にかけて、そのコピーで何か仕事をしたわけではないので、ダメな感じだねぇ。
ちなみに酒に溺れながら何をしていたのかというと、M&BとICと……加えて、裁断した図書をScansnapで読み込み、色々と。
Kindleは白黒しか読まないので、カラーやグレースケールだと表示できない。白紙部分の閾値を上げてグレーを落とし、文字部分のガウス値を上げて補正すれば上手く行きそうな気もするが、古い本だと白紙が黄変しているのでY値を落とすよう補正せねばなるまいのだろうが、Photoshopを持っていないのでそんなこと出来ないし(GIMPでできるかもしれないが)、基本的に文字が読めたらそれで良いので、白黒で良かろうと思う。
この結論にたどり着くまで、ずいぶん試行錯誤した。一般に600dpiが自炊業界の標準解像度だが、S1500の白黒だと1200dpiというものまで試せる。
で、試してみたのだが、あまり差はなかった。容量がでかくなった分、頁めくりが遅くなったので、かえって使い勝手が悪い。電子インクを使うKindleはレスポンスが遅いという宿命があるため、頁めくりの遅さはかなり都合が悪い。
結局、スーパーファインモードを使い、表紙部分(および巻頭に挿絵類があるならそこも)のみカラー(300dpi)で撮り、本文は白黒(600dpi)ということにした。量の少ないカラー頁ぐらいは600dpiでやっても良かったかもしれない。
で、そうして出来たPDFファイルにChainLPを当てて余白部分を切り落とす。これをやると頁のサイズがまちまちになるのだが、余白の分だけ頁が小さくなったことで、相対的にズームされて読みやすくなる。
もう少し細かく設定すれば均等な寸法でトリミングできるのだろうが、面倒なのでそこまで調べていない。
職場でリポジトリ作業を担当していることもあり、こういう作業と仕事とが頭の中で連動するようになってくる。主務担当の同僚も同じ事を言っていた。
まぁ、無駄にはならない経験だろう。もうしばらく色々と試してみたいところである。
有休をもらえない身では、平日の休みというのは貴重である。まぁ、金が入らないことには変わりないが。
というわけで、人文研へ赴いた。
目的は『清塩法志』のコピー。先日から進めている四庫全書所収の地方志に記載された塩政史料と比較するためである。
以前にも書いたが、四庫全書の史料は、おおむね康煕末年から雍正年間頃、17世紀末から18世紀初め頃の情報を記載している。で、『清塩法志』は19世紀後半以降、清末の情報を記載している。
この両者の行塩数を比較し、大きな変化が見られないなら、清朝は清代中期以降の人口増加に伴う塩需要の増大に積極的な手を打たず、その分を私塩に委ねていたということになる。
そのことにどういう意味があるのかというと、清の財政構造は、需要に対して柔軟に供給を増やせるようにはなっていなかったということが言えるわけである。少なくとも財政の三割から五割程度を占める塩政においては。
安定期なら問題ないが、財政需要が増えてきたとき、それに対応できずに王朝が滅亡したのではないかというのが、立証しようとしている仮説である。
そしてそういう硬直した財政構造は、明と清という近世中国の王朝が共通して持つ性質ではないのかというのが、その先の話である。
まぁ、結論ありきで研究を進めているわけではないし、近世中国の財政が塩政だけで構成されているわけでもないので、先は長い。
まー、週末から今日にかけて、そのコピーで何か仕事をしたわけではないので、ダメな感じだねぇ。
ちなみに酒に溺れながら何をしていたのかというと、M&BとICと……加えて、裁断した図書をScansnapで読み込み、色々と。
Kindleは白黒しか読まないので、カラーやグレースケールだと表示できない。白紙部分の閾値を上げてグレーを落とし、文字部分のガウス値を上げて補正すれば上手く行きそうな気もするが、古い本だと白紙が黄変しているのでY値を落とすよう補正せねばなるまいのだろうが、Photoshopを持っていないのでそんなこと出来ないし(GIMPでできるかもしれないが)、基本的に文字が読めたらそれで良いので、白黒で良かろうと思う。
この結論にたどり着くまで、ずいぶん試行錯誤した。一般に600dpiが自炊業界の標準解像度だが、S1500の白黒だと1200dpiというものまで試せる。
で、試してみたのだが、あまり差はなかった。容量がでかくなった分、頁めくりが遅くなったので、かえって使い勝手が悪い。電子インクを使うKindleはレスポンスが遅いという宿命があるため、頁めくりの遅さはかなり都合が悪い。
結局、スーパーファインモードを使い、表紙部分(および巻頭に挿絵類があるならそこも)のみカラー(300dpi)で撮り、本文は白黒(600dpi)ということにした。量の少ないカラー頁ぐらいは600dpiでやっても良かったかもしれない。
で、そうして出来たPDFファイルにChainLPを当てて余白部分を切り落とす。これをやると頁のサイズがまちまちになるのだが、余白の分だけ頁が小さくなったことで、相対的にズームされて読みやすくなる。
もう少し細かく設定すれば均等な寸法でトリミングできるのだろうが、面倒なのでそこまで調べていない。
職場でリポジトリ作業を担当していることもあり、こういう作業と仕事とが頭の中で連動するようになってくる。主務担当の同僚も同じ事を言っていた。
まぁ、無駄にはならない経験だろう。もうしばらく色々と試してみたいところである。
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