2011年1月28日金曜日

睦月廿九日 ファンタジー世界の財政

D&Dのゲーム世界構築のため、ちょいと手すさびに経済規模などを仮設定してみた。

今遊んでいるキャンペーンは、クランスチャンという惑星のグランビルという大陸が舞台である。
サイズは約540万平方キロメートル。アメリカ、カナダ、中国などが1000万平方キロメートルなので、その半分強というところである。オーストラリアが770万平方キロメートルなので、それを一回り小さくしたものと考えればいいかも知れない。なお、大陸北辺はシルトと呼ばれる針葉樹林帯で、ここには入植はなされていない。ここを加えればもっと大きくなる。
このシルトには、部族や村単位でゴブリンやエルフ、人間などが住まっている。
ここ数年、寒波が強まっており、これまで住んでいた地域では暮らせなくなったシルティス(シルトの住人)たちが南方へ移住し、それが混乱を引き起こし……というのが、大きな流れである。

グランビル大陸の人口は、約3000万人と設定した。
これは、かつて大陸西方のヘイストートスという都市を、「大陸最大の100万都市」などと設定したことに始まっている。ちなみに僕が高校生頃のことだっただろうか。
もう少し知恵がついてから考えると、100万都市などというものは、古代ローマとか近世では江戸・北京・ロンドンとかがあるが、中世には多分存在しない。
実際、100万都市を食わせる方法を考えるだけでも気が遠くなってくる。かなりの食糧生産能力が必要となり、相応の後背地が必要となるが、ヘイストートスを握るスィクレストン王国は、そんな巨大国家ではない。アメリカでいえば、カリフォルニアぐらいか。もうちょいあるかな。
「食糧なんて、輸入すればいいじゃない」と言いたいところだが、食糧などという重い割に値段の安い商品は、この時期の商人にしてみれば、好んで扱いたいブツではない。中華帝国クラスの強力な中央集権国家なら別だが、たとえばヴェネツィアなどはなんとか食糧を確保しようと汲々としていたぐらいである。
結局、100万都市は誇大表現で、都市周辺の人口を含むことにした。それでも大した物ではあるのだが。

これを基準にすると、大体の目処がつく。
スィクレストン王国など、仲の悪い西方三国は合計200万×3。
大陸中央に位置し、最大国家のホルニッセ帝国は、八つの選帝卿領と皇帝直轄領、光教会直轄領、西方辺境領それぞれひとつを持つ。
選帝卿のうち、東側のふたつは10年ほど前の戦争で完全に荒廃してしまっている。
というわけで、西側六つと皇帝直轄領は150万人、東側ふたつと教会直轄領は50万、西方辺境領は100万人とし、合計1300万人とした。
大陸東側のリッジウェイ帝国は、土地の広い東側が500万、狭い西側が300万、合計800万とする。
その他、亜人間各種族など、少数民族が300万人。
総合計で3000万。

この数字が多いのか少ないのか、判断に困るが、社科実情データ図録という便利なサイトがあり、ここのヨーロッパの超長期人口推移というところから引っ張ってくると、十字軍のころのヨーロッパがおおむね4000万人ぐらいだったらしい。
ただし、この世界の設定は、地球でいえば近世に入る直前から15世紀初期ぐらいを想定しているので、ペスト大流行(14世紀半ば)前のヨーロッパの人口が7000万人だったことを考えると、半数以下である。ちと少なめというところか。
しかし、この世界は150年ほど前に世界規模の大戦争を演じており、その際に人口が激減していてもおかしくないので、まぁ良いとする。

次に所得水準を設定する。
まず、農民、兵士、徒弟、貧乏な聖職者などの貧乏人、つまり平均的な人間1世帯が1日の生活に必要なカネ(というかモノを含めた価値)は、この世界の通貨で100ラートとしている。これは銀貨1枚で、無理やり現代日本円に直すと、5000円となる。無理やりと断ったのは、前近代社会と近代社会とでは、食糧のような消費財と、家具や服のような耐久消費財、武器や奢侈品などで、ずいぶんと価値が異なるためである。
ちなみに1ラートの価値は、消費財なら50円、耐久消費財なら100円、武器や奢侈品は200円で換算している。
富農、店を持つ商人、正規の職人、将校、ある程度まともな教会の司祭などが中所得層となる。彼らが自分の身分を保つために必要とする消費を行うには、200ラートを必要とする。日本円に換算する場合は100円のレートを使い、20000円と考える。
今でもある程度そうだが、ある社会階層であることを社会的に認知させるには、一定の服装や装飾品、食事や住居を持つことが要請される。ひとは他人の外見を見て、その人物を判断するのである。
で、貴族や大商人、将軍(普通は貴族と同じ意味)、高位聖職者などは、400ラート以上を必要とする。日本円に換算する場合は200円のレートを用い、80000円と考える。もちろん、上級貴族や王族となるとまた別になるが、それは措く。

で、次は税率。これは直接税と間接税の問題、階層状に形成されている各領主の取り分、教会の取り分など、かなり複雑に構成されている。
ここでは単純に、直接税のみを考えるものとし、最上位(王や皇帝。ホルニッセ帝国のみは例外で選帝卿)の取り分が10%、教会が10%、所属領主が30%とする。この数値が地球の史実に照らし合わせて妥当なのか判断が付きかねるが、5公5民なら少ないような気もする。まぁ、ここに出てくる数字以外の収入や収奪があり、そこで帳尻を付けているものとしておこう。
さて、以上の設定によれば、ホルニッセ帝国のある農民が100ラート払う場合、10ラートは選帝卿、10ラートは教会、30ラートは領主の騎士に払う。
ここで、人口100人(20世帯)の小さな村を考えよう。
騎士は、20×30ラートを得ることになるが、彼もまた収入の30パーセントを上級領主たる男爵に支払わねばならない。つまり、600ラートのうち180ラートを支払い、420ラートが手元に残る計算になる。まぁ、高貴なる身分の人間に必要な支出は、かろうじて賄えそうである。

ちょと話が脇に逸れるが、これは騎士ひとりを捻出するのに必要な最低規模をも示している。D&Dのゲーム設定では、人口20~80(4~16世帯)を集落としているが、この規模では騎士を養えないわけである。騎士ひとりを養うには100人の人口が必要である。
この数字が妥当なのかどうか、判断する材料を持ち合わせていない。そもそも、その世界における軍制(騎士の軍事的位置づけ)によって変化が出るし、当然、それを支える経済力が問題となる。貧乏人100人よりは豊かな100人の方が、養える騎士数の多いことは自明である。
ま、そういうわけで、この数字はこの世界の便宜上のものとする。この世界は比較的裕福な設定にしてあるので、この程度なら養えるだろう。

さて話を戻そう。420ラートを得た騎士だが、彼は領民のように選帝卿や教会に対して収入の10%を支払う必要があるのだろうか。
騎士が教会や王(選帝卿)に納税する義務があるのかというと、ここは微妙だ。王権や教会権の大きさや歴史的経緯に左右される。とりあえず、グランビルの諸国家では、王権は今ひとつ強くなく(少なくともホルニッセ帝国の皇帝の財政上の権力は弱い)、また教会も中世ヨーロッパのキリスト教会ほどには強くないと考えておき、騎士には納税の義務はないものとしておく。このあたりは変えるかも知れないが。
なお、仮に10%を教会に支払うとした場合、この騎士の収入は420-30=390ラートとなり、騎士身分を維持できなくなることになる。税率を上げるか、騎士を養うに足る村の規模を大きくするしかないということになるわけだ。

騎士は、180ラートを男爵に支払う。
男爵領の平均人口はどうなるのだろうか。
これも舞台によって大きく変わるのだが、かつてゲームで用いた設定で、レジオス子爵領という領土を設定した。ここはかなり裕福な領地で、4つの連隊を有しているとしている。連隊長は男爵相当(軍制については長くなるので説明しない)なので、4人の男爵がいてもいい勘定になる(実際にはひとりしかいないのだが、それも措く)。
レジオス子爵領の人口は約20万人である。つまり、男爵領ひとつあたり5万人の領民がいる計算になる。騎士数に直せば500人である。まぁ、実際にそんなに騎士がいるとは思えないが。
仮にそのまま計算を進めれば、500人の騎士が180ラートを支払えば、9万ラートとなる。うち30%の2.7万ラートは子爵に送られる。
子爵は2.7万×4と行きたいが、実際には子爵は男爵領ひとつを直轄地に持っているので、2.7万×3+9万で17.1万ラートの収入となる。
子爵の次は伯爵だが、ホルニッセ帝国においては、選帝卿に組み込まれている伯爵は子爵とほぼ同じ扱い(格だけは上)なので、この上は選帝卿(侯爵と公爵の差はない。これについても措く)になる。
レジオス子爵の上位は、オラーニュ選帝卿である。オラーニュ選帝卿の下には、レジオス子爵領以外に3つの子爵・伯爵領と、直轄領がある。つまり5つの領土があるわけである。仮にこの基準を当てはめるとしたら、17.1万ラートの収入を得た子爵は、30%の5.1万ラートを選帝卿に納めるので、選帝卿の収入は、5.1万×4+17.1万=37.5万ラート。
この計算は、一日あたりの収入なので、歳入を計算してみると、1.4億ラート。日本円換算で70億円。
これに加え、選帝卿は民が直接払う10%税を得る。このモデルにおける人口は、20万×6で120万人となっているので、ひとり10ラート支払うわけだから、一日あたり1200万ラート。一年では43.2億ラートとなる。手下の諸侯や騎士からの揚がりなんて目じゃないね。
ちなみに日本円で4320億円。あまり意味のある比較ではないが、Wikipediaによると、2005年の大分県の人口がだいたい120万人である。で、大分県の予算規模は、5904億円(2009年度)
本当なら15世紀初頭頃のヨーロッパで、人口120万人ほどの王国の予算規模を知りたいのだが、まぁ無理だろう。

こんな感じでデータを作っていると、他にも色々と想像を巡らせられる。
例えば、オラーニュ選帝卿領の常備兵力は、120万人の人口に対して12000人の騎士として表せる。これはプファルツやピエモンテなど、他の選帝卿家でも同じ事。
が、オラーニュは歩兵を重視しており、騎士ひとりに対して歩兵が約10人程度就く。つまり、騎兵1.2万と歩兵12万人をさほど無理なく動員できると設定できるわけである。
プファルツは騎士を重視しており、騎士ひとりに対して、従騎士ひとり、歩兵4人が就く。つまり、騎兵2.4万と歩兵4.8万を動員できる。プファルツの方が強いのではないかと思うところだが(いや、実際帝国最強としているが)、プファルツの歩兵はオラーニュのそれほど高い戦闘力を持っていない。これは個人戦闘能力の問題ではなく、軍制上、プファルツは歩兵を重視していないためである。オラーニュは歩兵を重視しており、弓兵として使えるよう訓練しているため、総合戦闘力としては、さほどプファルツに劣るわけではないということになる。
で、ピエモンテは騎士ひとりに対して歩兵が2人ほどしか就かない。つまり騎兵1.2万と歩兵2.4万。しかもこの歩兵はプファルツのそれ同様、騎士の護衛となる従卒として使われるので、オラーニュのそれほどの戦闘能力を持たない。
それではダメなのでは? となるが、ピエモンテはその分のカネを平時は経済活動に投じ、有事には傭兵を雇用することで賄っている。傭兵の戦闘能力は高いので、これはこれで馬鹿にならない。他の諸侯も傭兵は使うのだが、ピエモンテとは異なり、補完的に用いている。

このようにして各諸侯を個性付けていくわけである。なかなか楽しいのだが、面倒くさいのもまた事実。
これに、教会組織をどうのこうのとか、間接税や商人たちの資本移動なんかを考え出すと、面白くはあるのだが時間がいくらあっても足りないので、とりあえずこんなところとしておく。

2011年1月27日木曜日

睦月廿七日

さて、研究の方だが、あまり芳しくない。
行き詰まっていると言うよりは、単に時間をかけてやっていないというだけのことである。

思うに、一日2時間程度の割合でデジタライズ作業を続けており、これがよろしくない。

確かにそれなりの成果は出ており、現在で単行本400冊、雑誌100冊を片付けている。
スキャナを導入したのが11月上旬。いまで約3ヶ月弱経っているわけである。
つまり、一日平均5.5冊の割合で処理していることになる。一回に処理する冊数は、基本的に10冊なので、おおむね隔日作業を行っている計算になる。

で、デジタライズ作業は、それなりに神経を消耗させる。古い本だと、ダブルフィードがやたら多いのだ。
古い本は、経年劣化か本の上に本を積み上げすぎたからか、本のてっぺん部分がギザギザになってしまっており、そのためきっちりと紙送りが為されないのが原因である。
もうひとつの原因は、紙送りを重力に頼っているため、デフォルトの状態だと急角度過ぎて二枚目が送られやすくなっていることにある。
対策としては、ひとつめについては、本を裁断する際に天の部分を2mm程度切っておくことがある程度有効である。結構忘れてたり、また一見したところ綺麗な天になっているため、大丈夫だろうと思っていた本が実はダメだったりするということもあるので、油断が出来ない。
ふたつめについては、台を作ろうかと思っている。30度程度の角度を持つ台を噛ませておけば、紙送り側はほぼ水平になる。これがどの程度効果があるのかは不明だが、足下に本を挟んで軽く角度を付けるだけでも、それなりに効果があるらしいので、やはり意味はあるはずである。

とまぁ、こんな感じで現時点では結構気を使う。気を使うと漢文などと向き合う気にはなれなくなる。MPを消費するのだよ。

が、やる気を削られていた理由のひとつが年末年始の多忙にあったことは確かなのだから、2月と3月は比較的気合いを入れられるかも知れない。というか、この時期に進められないと、今年中に一本発表するという目標を達成できなくなってしまう。

というか、実の所、今年は無理かも知れないと思っている。
やはりこれまで慣れてきた広東というステージから中国全土にまで風呂敷を広げると、方法論は同じであっても、かなりの情報をこなさなければならなくなる。
まぁ、所詮は作業なのだが、作業をこなすには根性(MP)が必要なので、その根性に不足する現在は、あまり宜しくない。

かといって、本の裁断を止めるのも気が引ける。
作業を続けていて思ったのだが、部屋が少しずつ片付いていくにつれ、頭がまともに働くような気がしてきたのだ。かなりの部分までは気のせいなのだが、確かに論文や史料を発掘するのに一苦労という状態では、精神衛生に悪い。もう少し部屋のスペースと精神衛生状態の改善を図る必要は、確かにある。

差しあたりは上手く両立させてくださいとしか言えないのが残念なところ。まぁ、工夫の建て方は見えてきているので、もう少し頑張ることにしよう。

2011年1月25日火曜日

睦月廿五日

一昨年、鳩山由紀夫が首相になった時、僕は彼に対して何の期待もしていなかった。
結果は見ての通りで、近代日本政治史上、指折りの無能宰相として辞任した。
僕が彼に対して期待していなかった理由は、彼が民主党の幹事長など要職を務めていた間に、何の実績も挙げられなかったなかったためである。
こと首相になってからの彼の評価としては、「悪い意味での理想家」ということになろうか。
理想を語るのは、トップとして大いに結構なのだが、現実を見ず、また現実へのすり合わせを行おうともせず、宰相としての権力の身を行使しようとすると、酷いことになる。
どう考えてもバカではなかろうかとしか思えないのだが、これでも東大出でスタンフォードでPh.D.を取っている。専攻はORだそうで。最近、リポジトリ関係の仕事をやっていて、政治における意思決定などを対象とするゲーム理論関係の論文を見ると、微苦笑をぬぐえない。
つまるところ、自分の知識や才覚を、現実に適用できない人物ということだろう。そうした点については僕自身も大きな口は叩けないが、個人が自分の能力をどう扱おうと自由だが、公人がそれをやるとシャレにならないことがある。そういうことだと思う。

菅直人については、評価すべき実績としては厚生省の薬害事件があるが、これはトップとして組織をまとめ、成果を出させるという本道からそれた、壊し屋としての業績である。それはそれでおろそかにはできないが、これだけが業績となると、能力の方はどうだろう。やはり民主党のトップとしては、大した結果を残せていないし。
そう思いつつ、ここ一年ほど眺めてきたわけだが、ある程度の評価が定まってきた。
つまり、「悪い意味での現実主義者」である。
その時その時の風を読んで妥協を行い、現実とすり合わせて結果を出そうとするわけだが、大きな目標を定める理想というものがないため、まったく腰が据わらない。文字通り右往左往して、まったく進んでいないどころか後ろに下がっているんじゃないかと思えてくることもある。
そうしたわけで、鳩山とは違った意味でバカにされるわけである。妥協というものは、それを行った人物の評価を少しばかり押し下げる。普通は妥協を行ったことで獲得した成果により、下がった以上の評価を獲るわけだが、成果が出ていないのでは仕方がない。

チャーチルは、優秀な政治家に必要なものとして、「将来何が起こるかを予言する能力」と「予言が当たらなかったとき、なぜそうならなかったのかを説明する能力」とを挙げたそうな。
確かに大事なことだと思う。自民党の公約にせよ民主党のマニュフェストにせよ、実現するものは多くはない。単純に力不足で為し得なかったものから、現実を直視するととてもきれいごとを言っていられなくなった(かつての社会党が陥った状況だ)ことまで、さまざまである。
問題は、なぜそれを実現できなかったかを説明し、その代案を提示することであろう。
僕が見る限り、民主党政権になってからもっとも欠けているのがこの点だ。

例えば福祉問題などは、「少ない税で多い福祉」というのが国民の要望だ。低成長の社会においては、言うまでもなく実現不可能な話である。「少ない税で少ない福祉」(小さい政治)か「多い税で多い福祉」(大きい政治)のどちらかしかあり得ない。(「中ぐらいの税で中ぐらいの福祉」というのも可能性としては挙げ得るが、議論を進めるのに何のメリットもないので捨象する。小さい政治だろうが大きい政治だろうが、実現する際には一定の妥協が行われ、ある程度は「中ぐらい」になるためだ)
どちらかを選べといわれ、ここ数年の大きな流れは、「大きい福祉」のためには「大きい税」(消費税増税)もやむを得ないという方向に流れつつあるようだ。
ならば増税すればいいわけだが、民主党は増税はしない、もしくは政治から無駄を削った上で行うと主張した。それが例えば「仕分け」や「埋蔵金発掘」として現れたわけである。
少し考えれば、仕分けで幾ばくかの無駄を省いたところで、消費税を数倍にするだけの効果を見込めるわけがないということぐらい、わかりそうなものである。まして、使えば減るだけの埋蔵金から、経常的に必要とされる福祉予算を割り当てられるわけもあるまい。
が、そうした行為は政治的には意味があったと僕は考えている。財政的には無意味だが、国民に対して、「我々はこうも頑張っているのです」というパフォーマンスを行うことは、将来的には行わざるを得ない増税という不人気な政治的アクションを行うのに、少しでも抵抗を減らす程度の効果は見込めるためだ。要するに、エクスキューズを作るためというわけである。
で、仕分けや埋蔵金では、やはり福祉予算は出ない。マニュフェストは実施できないわけだが、そこで国民に対して頭を下げ、「すみません。色々やってみましたが、やはりお金が足りません。今後も政治から無駄遣いを減らすべく努力を続けはしますが、どうしても必要な分だけは増税させてください」と訴えかける(他にも色々な政治的術策は弄するべきだろうが、そこは専門家に任せるべきだろう)。
で、増税を行う。その評価は次の選挙結果となって現れる。

と、政治には素人の僕なんかはそうするものだと思うわけだが、どうも菅首相の動きをみていると、仕分けや埋蔵金で何とかなると本気で思っていたのか、あるいは他に理由があるのか、そのままごり押しで増税しようとしているようだ。
党内は小沢問題で混乱中。野党との協議も、妥協に必要な材料を示さないのだから成立するめどは立たず、国民に対して頭を下げるという政治的レトリックすら行わない。
これでどうするつもりなんだろうか?
妥協に妥協を重ねれば、当座の問題は回避できるかもしれないが、その場合、おそらくほとんど成果を残さないことになる。で、妥協を行った相手以外からの不満は確実に高まる。
それこそゲーム理論の世界の話だが、いま菅が採っている政治的戦術方針をそのまま続けると、ほとんど点数を得ることなく、他のプレイヤーからの不満ばかり買うことになる。
冗談抜きで三月総辞職になりかねない。総選挙はとても行える状態じゃないから、自民党政権末期みたいな状態がさらに続くことになる。

他人事だったら笑える話だが、一応僕も日本というチームのプレイヤーの一人であり、他人事じゃないので笑えない。
どうなるのかねぇ。

2011年1月22日土曜日

睦月廿四日

久々に読書感想文。

鷲田小彌太『あの哲学者にでも聞いてみるか――ニートや自殺は悪いことなのか』祥伝社、2007.12

哲学にはトンと関心がなかった。今もない。philosophyの字義どおり、思考活動そのものを目的とする学問というのが、現実とどう接点を持つのか、理解できなかったからだ。
僕がやっている歴史学というヤツも、現実との接点の薄さは似たようなものかもしれないが、少なくとも僕が心がけているのは「今のこの世界は、どうして成立したのか」という問題意識を抱き、それを踏まえて研究をしようとしている。いやまぁ、その問題意識と研究とがどう接点を持てているのかとなると、また別の問題であると言葉を濁さざるを得ないわけだが。
閑話休題。この本は、サブタイトル通り、ニートや自殺をはじめとした今日的問題について、歴史上の哲学者に仮託して答えるというものである。いわゆる「なりきり」ものだ。
これが結構面白い。仕事人間であることの是非をマルクスに問う章では、マルクスが憤怒しながら答えて問答になっていないし、援助交際についてソクラテスに問う章では、「ああいえばこういう」式の議論で質問者をかえって悩ませるしと、こちらがステレオタイプに抱いている哲学者のキャラをうまく掴んで、かつそれなりに考えさせるようになっている。必ずしも結論を出さないのは、こうした問題には結論が簡単には出るものではなく、個々人の考えがその人にとっての(当座の)結論であるという観点から、この本が書かれているためだ。
大事なのは答えを出すことではなく、考えを深めることであるというのが哲学なのであれば、なるほど哲学にも価値があると思わせる内容だった。

最近はこうした本が結構増えている気がする。既存の学問が、その存在価値を問われるようになってきたが、それに対する応えの表れということだろう。
歴史学でそういう本を書く人は……あまりいないなぁ。
昔、W先生が、司馬遼太郎の著す歴史と、歴史学者の著す歴史について述べたことがあった。歴史畑の人間も含めて、誰もが司馬遼太郎の本の方が面白く感じて、歴史書を読まないというわけだ。ゆえに歴史家としては、司馬遼太郎の本よりも面白い歴史書(もしくは歴史小説)を書くべきだということになるわけだが、現実については言うまでもあるまい。ままならんものである。

睦月廿三日

最近思っていることに、日本の教育システム上の問題点というものがある。

小中高ときて、大学を経て社会に出るのが、従来型の教育とされてきた。
最近では、大学院の修士課程ぐらいはここに含めていいかもしれない。
が、職業教育としては、社会に出てから、企業が行ってきたという点は見逃してはならないだろう。

社会・経済構造が変わり、近年では、企業の側で教育投資に回すべき資金がなくなってきた。少なくとも、かつてほどお金をかけなくなってきている。
もう少し具体的に書くと、教育対象を正社員(幹部候補生)に限定し、正社員の雇用数を減らすことにより、教育費の総額を抑制しているということになる。
人事部門の能力が大して高まっていないので、幹部候補生として入社する新入社員の質にばらつきがあり、教育費を投資しても大きな効果を見込めない人間がいたり(それでも幹部候補生なので一定の出世は遂げて部下を率いることになり、問題を起こすことになる)、その一方で高い潜在能力を持っているのに、非正規雇用として社会に出たがために教育を受けられず、能力を伸ばせないままの人間が出たりしているわけだが、これはとりあえず措く。

日本の大学や大学院は、実務的な能力を鍛えるという意味では非常に問題が多い。
大学で学んだことが社会に出て役に立たない例が珍しくないというのは、本来、教育機関としては問題外である。
教える側も教わる側も、さらには将来大学生を雇用する側も、それに大きな疑問を有していないというのが現状だろう。
もちろん、口ではいろいろ言っているが、何かを変えるという段階には至っていない。大学の教員や職員を観察している限りでは、負担は増えているが成果はないという感じである。
新入大学生の質が低下しているというのは事実であろうが、大学の教育能力が低いので、質が低いままで新入社員(もしくは非正規労働者)となるわけである。
先述したとおり、企業の側も教育コストを渋るため、日本全体の労働者の質が低下していくということになる。

まとめると、

① 小中高の教育水準が低下し、大学生の質が低下。
② 大学の教育能力が低いので、大学・大学院卒業生の質は①と同程度。
③ ②のうち、正社員として採用される人間(A)と非正規労働者(B)になる人間とで二分。
④ 企業からの教育を受けるのは、(A)のみ

ということになる。多くの場合、(A)と(B)との間の移動はないため、以前より質の下がった(A)と、質的向上を見込めない(B)が、日本社会を構成することになる。
そりゃまずかろう。日本最大の資源を人間だと考えるなら、日本の資源が枯渇していくということになる。
何とかならんものかなと考えてみたのだが、うまい案は少ない。というか、そんなものがあればとうの昔に実施されているだろう。歴史上、うまい案があっても実施できない例というのは無数にあるのだが、まぁそれはそれとして。

とりあえず僕の考えられる範囲では、①についてはどうにもならない。いわゆる「ゆとり教育」がうんぬんという話になるのだろうが、教育というのは学校だけがするものではない。家庭や社会による教育というのも非常に大きい。ゆえに、ゆとり教育を撤廃しただけでは解決しない。そして、家庭や社会の教育能力を高めるのは一朝一夕には不可能である。というより、今話題にしている日本の人的資源に対する教育を改善しないことには解決しない。つまり、ここから問題に取り組もうとすると、循環論法に陥ってしまう。
③と④については、それが営利団体である企業の任意である以上、やはりどうにもならない。日本の経済的活力が高く、充分な教育コストを払っても、それがペイするというのであれば話は別だが、終身雇用制が幻想上のものとなった以上、企業としてはいついなくなるか知れないような人間に対してまで教育コストを投じる理由はないはずである。(A)と(B)の連絡がないという硬直的すぎる人事システムには改善の余地があるだろうが、これとて、必要な人材を囲い込むというリスクヘッジの結果と考えるなら、企業にしてみればシステムを変える動機にはなりえないだろう。

というわけで、大学(院)教育にいきつく。
高校から上がってきた大学生は、大した勉強もせず(本人たちの認識は異なるだろうが)、四年後に卒業していく。就職の面接で必ず聞かれるであろう大学で得られたものに、就業に役立つ技能というものが挙げられないというのは、本来あり得ない話である。
アメリカ式の「入るは易いが出るのは難い」にすればいいかというと、そう簡単なものでもない。留年者や退学者を山のように出すことになる。
が、僕はそれでいいのではないかと思うようになっている。一定の能力を習得できなければ卒業させないというのは、非常に誠実だともいえる。
本人が勉強したくないのであれば、社会に出ればいい。そしてあるスキルを必要だと感じたら、その時に大学に通えばいい。
実際、僕が見ていても、社会人上がりのおじさんおばさん学生は、相対的に熱心に勉強している。大学で身につけられるスキルの価値と、自分たちが払っている金の価値を理解できているのだから、当然であろう。
ただし、これを現実のものとするには、企業側の雇用流動性が今よりも高くなければならない。雇用しようとする人間の履歴に留年や退学があっても、それをマイナスとしない評価基準が必要になるし、雇用した人間が大学に戻るために退職するということも認めなければならない。つまり、企業による教育というのは、さらに実効性が低下することになることを覚悟する必要がある。
お金の動きという点から考えると、企業が教育コストとして用意していた部分は、おそらくは国へ吸収され、個人の教育費用として奨学金なり教育機関への助成金なりに充てられることになろう。もちろん企業は抵抗するだろうが、それは政治の問題である。
また、人事制度を今よりもはるかに流動性の高いものにしろというのも、企業としては抵抗するところだろう。たぶん、お金の問題よりも抵抗は強いだろう。
が、ここを変えないと話は成立しない。また、少しずつではあるが、学歴よりも経歴の方を重視する方向へと採用基準が変わりつつある。政治に期待すべきは、この方向性を加速するということであろう。

さすがにそれを可能とするだけの政治能力が今の日本の政界や財界に在るのかというと、疑問視せざるをえない。が、こういうシステムの改革はうまくいっている時には動機が働かないし、全く駄目になった時では改革の負担に耐えられなくなる。今みたいな傾きかけた時期のみが可能なのだが……こういう時期に立て直せるだけの活力があるのだろうか? 
昔であれば、「中興の祖」みたいなのがそうした仕事をするわけだが(というか、そうした仕事をしたから中興の祖になるわけだが)、今のような個人の力量が大きな影響を及ぼさない時代ではどうかな? 
いや、指導者の力量というのは時代を問わずに重要なので、今であっても優れた指導者がいれば、そういう方向に持っていけるのかもしれない。あまり僕は個人の力量を重視しないのだが、それも程度問題と考えるべきであって、やはり優れたリーダーは社会を変えるのかもしれない。

睦月廿二日

一応は関心があったので、ReaderやGalapagosの実物をチェックした。

感想は、「部分的には見るべきところがあるとはいうものの、全体的にはパッとしないKindleやiPadの焼き直し」というもの。

まずReaderから。
画面は文庫サイズ対応の5型と新書サイズ対応の6型のふたつがある。
これはこの手の電子書籍リーダー全般に言えることだが、ハードが揃っていても、ソフトがないとどうにもならない。
当然ながら、発売まもない現時点ではソフト、つまり本は揃っていない。
ゆえに、この方向からは何とも言えない。
ソフトとしては、電子書籍以外に自炊して制作された画像ファイルもある。僕のように、蔵書を整理して、という目的から入った人間にとっては、こちらの方がメインになる。
で、その観点からすると、読みやすく読めたら何でも構わないわけなので、問題は使い勝手の良さ如何ということになる。
評価すべきポイントは、画面サイズ・重量・インターフェイスのみっつである。
Kindleのように9インチサイズがある場合はさすがに別だが、5インチと6インチではさして変わらない。
新書が読めるなら文庫も読めるわけで、それを考えれば6インチサイズの方が良いように思える。正直、5型の存在する理由がよくわからない。それほど重量や手持ち感に違いがあるようにも思えないし。
一応スペックを書いておこう。

Reader(5型)
145.4mm×104.6mm×9.2mm
155g

Reader(6型)
169.6mm×119.1mm×10.3mm
215g

Kindle3
190mm×123mm×8.5mm
241g(Wi-Fi版), 247g(3G+Wi-Fi版)

KindleDX
264mm×183mm×9.7mm
536g

Kindleの方がやや大きくて重いが、これはキーボードや通信機能があるため。
この点については、そうした機能をすべて接続するPCに依存することで小型軽量化を果たしたReaderにも理があると思う。
問題は小型軽量化を果たしたが、値段はむしろ高めという点にあるのだろうが、Kindle3はもとより原価割れを覚悟してるのではなかろうかというような値段になっているので、そのあたりは措くことにする。ITmediaの記事によると、Kindle2の定価359ドルに対し、原価は185.49ドルだそうな。Kindle3については不明だが、それほど利益が出ていないことは想像に難くない。
また、インターフェイスについては、両サイドにページ送りボタンのついているKindleの方が明らかに使い勝手が良かった。片手で扱うとなると、ページ送りボタンが表面左寄りに配置されているReaderの場合、左手でしか不可能である。
あと、Readerはメタルフレームなのだが、これもKindleみたいに樹脂製にすれば同じ強度でもう少し軽くなったのではなかろうか。この辺りは素人なので何とも言えないが。

結論として、Kindleより先に出ていたのなら評価されるが、Kindleの後を追っている現状としては、特に評価すべき点を見いだせない、つまりKindleを持っている人間がわざわざ購入すべき品ではない、ということになる。
これが最初の機体となると話は別である。要するに、いまだAmazonが日本語版Kindleを発売していない現在であれば、これを買う人はそこそこ居るであろう。その意味では正しい時期に適当なスペックの商品であるといえる。去年の夏ごろにこれが出ていたら、僕もKindleではなくこちらを買っていた可能性が高い。

iPadとGalapagosについても、ほぼ同じ感想を持った。僕はiPadを持っていないので、詳しい評価はできないが、後を追うならもっと斬新な要素を持っていてもいいのじゃないかとは思った。
日本は新しい価値を創造するのが苦手とはよく言われてきたことだが、まさにそれを実感した感じ。たぶん、数年内に韓国か中国でもっと安い機体が出るんじゃないかなぁ。

2011年1月20日木曜日

睦月廿日

なお、今回の記事はやたら長いうえに内容がない。一応警告まで。


別に第二次大戦期に限った話ではないが、ある程度歴史やら戦史やらを齧った人間なら、ifに関心を持つようになる。
言うまでもなく、歴史にifを持ち込むのは禁じ手である。なぜかというに、何ら生産的ではないからだ。
ただしふたつの例外がある。ひとつは「可能性を検討する」というもの。これは歴史学でもアリとされている。
例えば日本の鎖国を評価するのに、「もし鎖国しなかったなら」というifを設けて思考実験を行うことは、それなりに有意義である。肯定否定それぞれの評価が下されることになるが、鎖国した時期及びその前後の日本(と世界)を検討するのに有用な役割を果たすことになろう。
もうひとつの例外は、はなっから有益かどうかを考慮せず、単なる妄想を楽しむ場合。妄想なんだから生産的であるかどうかは問題外である。

いわゆるシミュレーション小説・ゲームなどにおいては、後者が重視される。シミュレーションという意味では前者を重視しても良いはずで、古典的なシミュレーションゲームでは比較的こちらを重視する(おかげでゲーム性に問題が出ることも往々にしてあるが、ここでは措く)のだが、エンターテイメント性の強いゲームでは、あまり問題としない。特に昨今のゲーム業界では、前者を重視するタイプのゲームは、覿面にクソゲー呼ばわりされること必定である。
まぁ、シミュレーションそのものを楽しむことは、想像力や知識などの面においてかなりの水準が要求されるので、こちらを重視する勢力が相対的に少数派たることは仕方ないのだろう。


さて、ここまでが前置き。
年末ぐらいから色々と蔵書の電子化を進めてきたわけだが、佐藤大輔の小説なんかも大半を電子化し、久しぶりにそれらを読んでいた。
で、僕も妄想してみようと思ったわけである。

お題は、「太平洋戦争で日本が戦術的勝利を収め続けた場合、どうなるか」。
開戦時点で日本に勝ち目がなかったことは、この分野に少しでも関心のある人間なら常識の範疇に入るであろうが、それはどこまで捻じ曲げられるだろうか。
実を言うと、hoi2の架空シナリオを作るためのネタである(本当に作るかどうかはまた別の話)。「なんかの間違いで日本が勝ってしまった世界」で、1940年代後半から50年代前半ぐらいからゲームを始めるとしたら、どういう設定が必要になるかを考えてみたわけだ。

定番としては、ミッドウェーで日本が負けたというのがある。
繰り返すが、大戦略というレヴェルでは、日本はすでに負けているのだが、そこは目をつぶっての話である。
しかし大戦略的環境(日本の総合的な国力)を無視するわけではない。
ゆえに、ミッドウェーで「運命の30分」とやらをもみ消すこととしても、当時の日本海軍の状態からして、その次かそのまた次あたりで大敗北を喫するはずと考える。ミッドウェー海戦で敗北したことはある意味偶然の産物だが、1942年中ごろ(遅くとも後半)に日本が大きな敗北を喫することは、ほとんど必然と考えていい。戦略目標の欠如、情報への関心の低さ、戦力回復能力の低さ、軍上層部の慢心などを考えると、他の結論は出ない。

そこで、南雲司令長官には一足先にミッドウェーを味わっていただく。
具体的にはミッドウェーの二か月前、セイロン沖海戦にて、イギリス軍の空襲が「偶然に」成功し、甲板に飛行機を並べた《赤城》は大破し、第一航空艦隊司令部は機能を停止する(南雲と源田は重傷、草鹿は戦死の判定)。
ちなみに史実では空襲はあったものの、機数が少なすぎ、攻撃機の能力も低すぎて被害はなかった。逆に、一発入ればミッドウェーと同じことになった可能性もあった。
こうして、以降は南遣艦隊司令長官の小沢治三郎が指揮を執る。そして作戦後、その時点で南遣艦隊は概ね任務を終えているため、小沢はそのまま一航艦長官へ横滑りするものとする。史実だと小沢はこの年の11月まで南遣艦隊の指揮官で、それから第3艦隊司令長官に転出するのだが、半年ばかり早まるわけである。

で、ミッドウェーだが、《赤城》が失われたため、アリューシャン攻略は中止され、4航戦の《隼鷹》・《龍驤》が参加する。
展開そのものは同じになるが、ミッドウェー第二次攻撃用の爆装が行われた状態で敵機動部隊を発見した時、山口多門だけでなく同じくらい戦闘的な角田覚治からの意見具申により、南雲よりは航空戦における時間の重要性を感じている小沢は、航空隊を出撃させる(逆に航空戦に通じているがために、正規の装備を整えることを重視する可能性もあるが、そちらは黙殺する)。
もちろん空襲を受けるわけで、そのために《赤城》の代わりの位置にいた《隼鷹》と、《加賀》・《蒼龍》は中破する。が、誘爆は起きないので、ある程度の復旧は見込まれる。
そして爆装した攻撃隊は《エンタープライズ》・《ホーネット》の甲板を叩き、一時的に発着不能とする。
そして《飛龍》・《龍驤》搭載機を中心とする第二次攻撃隊により、《ヨークタウン》大破(のち潜水艦攻撃で沈没)。
結局、空母戦力の消耗を鑑みて、スプルーアンスは撤退を決意し、ミッドウェーは本隊到着を以て占領される。

以上が妄想上のミッドウェー海戦である。この結果、一時的に太平洋から米軍の空母戦力が消滅することになり、日本軍はFS作戦を実施、また米軍はガダルカナル上陸に始まるウォッチタワー作戦を順延することになる。
また、空母の攻撃力と脆弱性を鑑み、改マル5計画においては、改飛龍型(のちの《雲龍》型)ではなくて甲板装甲を有する改大鳳型およびG14型の建造に集中することになる。

FS作戦は、大小の海戦を繰り返し、それなりの損害を受けながらも順調に進み、42年末には完遂される。
しかし、米豪分断というFS作戦の目的は達成されない。やる気になっている連合国がオーストラリアを手放すわけがないのだ。

で、 43年は、南太平洋においては数次の大規模海戦が行われ、またポートモレスビー攻略作戦も進行する。イニシアティブを失うことが敗北への転落を意味すると承知している山本五十六は、かなりの損害を出しつつも攻勢を続け、隔月建造の勢いで空母を投入する米軍も、戦力の逐次投入の愚を承知しながらも部隊を展開し、出血を続ける。
こうして8月にはポートモレスビーも陥落するが、陸軍は伸びきった戦線を維持するため、ビルマ方面から戦力を引き抜くことを余儀なくされる。
また、9月にはイタリアが陥落し、ヨーロッパの戦局が改善するため、オーストラリアは講和に応じない。
艦隊を動かす重油がほぼ払底してしまった日本海軍は、別の方向からオーストラリアを屈服させるべく、連山を戦略爆撃機として用いるため開発を急がせる。また、航空戦力の消耗の激しさを補うため、ドイツが降伏したイタリア艦艇に用いた対艦誘導兵器の入手に腐心するようになる。
燃料の底がついた日本軍と戦力を損耗させてしまった米軍のどちらも、43年の後半は活発には動かなくなる。
なお、10月にはミッドウェーを奪還される。どのみち兵站が続くわけがないので当然である。同様にフィジーやサモアも放棄が決定される。連合艦隊は嫌がるだろうが、無い袖は振れない。
ちなみに、連合軍潜水艦による通商破壊戦は、史実と同様の展開である。つまり、ちまちまと攻撃を受けている。ガダルカナルの大消耗がないので、損害そのものは低いのだが、兵站が伸びている分、攻撃される可能性も増えているためだ。こうして11月には海上護衛総司令部が設立されるが、兵站が伸びている分、史実以上に苦労の多いことになるだろう。

日本が戦争のイニシアティブを失い、米軍の反攻が始まるのは44年が明けてから。
それを予想していた日本軍は、こつこつと蓄えてきた燃料備蓄を取り崩し、マーシャル沖での迎撃戦に挑むが、この時点で戦力バランスは米軍の方に傾いており、4月にはマーシャル諸島を失うことになる。史実より、約半年遅れというところか。
なお、ミッドウェー喪失の時点で島嶼防衛の重要性に気付いた日本は、マーシャルの防備に取り掛かったのだが、間に合わなかった。引き続きマリアナ諸島の防御に力を入れることになる。
なお、7月にはドイツの機密資料を多数積み込んだ《伊29》が日本に到着する。史実では台湾海峡付近で沈没しているのだが、まだ日本がマリアナ諸島やフィリピンを抑えているため、米軍潜水艦の攻撃は史実ほど深刻ではない。
なお、中国戦線では史実通り一号作戦(大陸打通作戦)が実施されている。大陸からのB29空襲は、やはり一定の脅威ではあったためだ。が、インパール作戦は行われていない。ビルマ方面の戦力がニューギニア方面へ引き抜かれていたため、守勢を保つことが肝要(というか他に方法がない)であると、ビルマ方面の指揮官だった牟田口廉也が考えていたためである。

米軍は数か月の準備を整え、ラバウルとトラックの航空戦力を叩いたうえで、サイパン上陸を狙う。
10月、史実より5か月遅れで行われたマリアナ沖海戦は、双方の海上戦力をすり潰すような激戦となる。が、このころまで何とか高い練度を有していた日本の航空戦力と、試験的に投入された対艦誘導弾「桜花」(ドイツのフリッツXの改良型)などの活躍もあり、かろうじて米軍を追い返す。ちなみにこれまでの消耗もあり、米軍機動部隊は史実ほどの陣容を擁してはいない。

上陸部隊を壊滅させられ、ニミッツは解任はされなかったものの、大きく発言力を減じることになる。代わりにニューギニア、フィリピン方面への攻勢を主張するマッカーサーの立場が強化される。
またルーズヴェルトは44年末の大統領選には勝利するが、史実ほどの圧倒的優勢ではなく、むしろ僅差の勝利といえる結果だった。

11月には日本軍はガダルカナルを放棄する。また2年半にわたって空母戦力を率いてきた小沢は軍令部次長に転任し、後任には中将に昇進した山口多門が就くことになる。
こうして45年を迎えた。

連合艦隊の主力は大きく戦力を減らし、これまで極力消耗戦を避けてきた航空部隊の練度もそろそろ低下しつつある。燃料不足も大規模戦闘の度に備蓄を失うので、充分とは言いかねる状況にある。
空母による殴り合いをなるべく回避するため、マリアナ沖でなかなかの成果を上げた対艦誘導弾の開発に力を入れることになった。マリアナ沖で投入された桜花11型は無線誘導で、着弾まで追随する必要があったため、VT信管付き対空砲弾を投入するようになった現状では損害が大きすぎた点が改良の要である。
かくして、国内で研究がすすめられていた赤外線誘導装置を搭載し、また搭載母機を一式陸攻から銀河に変えた22型が開発され、さらに開発は完了したものの使い道を失って宙ぶらりんだった連山に搭載する32型なども開発された。
赤外線誘導は母機が危険にさらされないというメリットがあるが、細かい誘導が出来ないというデメリットもある。強い赤外線を発する標的を狙うので、特定の大型艦に攻撃が集中してしまうのだ。時速800㎞で突っ込んでくる1.2トンもの弾頭の力をもってすれば、空母なら2発も喰らえば戦闘力を失ってしまうので、それ以上は無駄である。戦艦に対してはあまり効かないだろうけど。
いくら桜花の生産が簡単であるとしても、数を作るのはかなりの手間が必要であることも問題だった。いまだ国内が安泰なため、研究能力も十全を発揮できてはいるが、それでもこの時期の日本には手に余る代物だった。

が、アメリカの方も頭を悩ませていた。確かに日本海軍の力は減じつつあるのだが、決定的な差が出来ない。個々の戦闘において痛み分けに近い結果が続くため、総合力に勝るアメリカが最終的に勝利することは疑いない。
しかし、そこに至るまでの損害が問題となっていた。この時期、ヨーロッパ戦線はほぼけりがつく状態になっており、ドイツの降伏は時間の問題だった。
一方で太平洋戦線は思うようには進んでおらず、大統領と海軍が批判される結果になっていた。

ニューギニア攻略と次のフィリピン攻略へと歩を進めるべく2月より行われたラバウル・ポートモレスビー攻略戦では、連合艦隊総力と桜花を装備した連山の群れが、再建を果たした米軍に襲い掛かり、双方が壊滅的な損害を出した。
だが、桜花をまとめて喰らった米空母は、いかに間接防御力を発達させたエセックス級であってもまず沈んでしまう。一方で、《大鳳》・《信濃》などの重防御空母を前衛においた日本側は、戦力的には劣勢でもかなりの攻撃に持ちこたえるし、また戦闘後の回復も比較的早かった。が、それ以外の従来型空母はほとんどその姿を消していた。
凄惨な流血の末、3月にラバウルが、そして6月にポートモレスビーが陥落し、ようやくオーストラリアの脅威を除いてフィリピンへの道を開いたのだが、まだマリアナは戦力を保持している状態だった。つまり、史実より1年遅れていることになる。
それでも、逆に言えば1年かけてマリアナ・フィリピンを攻略すれば、日本本土への空襲や潜水艦攻撃を行うことが可能となる。いや、連合艦隊がほぼ戦力を喪失していることを考えると、それより早いかもしれない。

が、そうした見込みは、別の方向から崩されることになった。
2月に行われたヤルタ会談で、ドイツ降伏後に参戦することが決まっていたソ連が、史実通り8月9日に参戦し、満州を席巻した。
千島列島への攻撃は、再編中の日本海軍によって大打撃を受けて失敗したが、関東軍は後退を続けることになった。
日本軍は虎の子の連山を兵站攻撃に投入し、ソ連軍の前進を遅らせようとしたが、日本陸軍の再配置が完了し、ソ連軍の勢いを抑えることに成功した9月の時点で、朝鮮半島北部、そして山海関以北は全て喪失していた。

ここで、日本は連合国との講和への動きを本格化させた。
正確には、ラバウル失陥の責任を取って総辞職した東條内閣の後任となった鈴木貫太郎は、比較的早い時点から和平の可能性を探っていたのだが、連合国の対応は芳しくはなかった。
また日本側も7月に出されたポツダム宣言を、表面的には黙殺していた。
だが、ソ連の参戦を受け、事情が変わった。
ソ連に対して比較的宥和的だったルーズヴェルトが4月に死去し、後任となったトルーマンは、ソ連の勢力拡大を懸念していた。
このままでは、一年をかけて日本を屈服させる前に、ソ連の手で降伏しかねない。そうなると後れを取ってベルリンを奪われたドイツの二の舞となる。
チャーチルの後任となったアトリーも、ソ連の勢力拡大を望まなかった。
さらに、アメリカ国民がこれ以上の犠牲を望んでいなかった。

かくして、45年12月24日、ソ連を除く連合国各国(代表として米英仏蘭中)と日本との間で、オアフ停戦条約が調印された。条件は、南洋諸島を除く第一次大戦での獲得領土・中国からの獲得領土の返上、満州国解体、朝鮮独立。つまり、日本が日清戦争以降に築いた権益と領土、軍事同盟の全てを直ちに放棄する。ハルノートよりさらに踏み込んだものである。
そして翌46年2月15日、ソ連をはじめとするオアフ条約非調印国を含めたウラジオストク停戦条約調印。こちらで焦点となったのは、北半分を占領された朝鮮半島の扱いだった。将来的な朝鮮の独立を約束するが、暫定的に朝鮮半島における38度線を分割ラインとし、北側をソ連の所轄、南側を日本の所轄とする。将来的には統一し、信任統治を行う方針で合意。

こうした和平に対し、米軍の一部と中国政府では抵抗があった。特に国民党政府は日本の軍事力に制限を加えるよう求めていた。
が、アメリカ政府では対日から対ソへ仮想敵をシフトさせていたことと、大戦中の国民党政府のふがいなさと腐敗に愛想を尽かしており、かつ中国側もろくな人脈を持っていなかったことから、大きな発言力は持たなかった。また、どのみち制限するまでもなく、日本の軍事力はしばらく回復しそうにないと判断されていた。
なお、中国共産党は特に抵抗することもなく停戦を受け入れている。彼らは次の内戦へ目を向けていたためだ。日本が影響力を失い、連合国の手も届かないのであれば、ソ連からの潤沢な支援を受け取れる彼らの方が圧倒的に優勢である。

そして日本は、戦争に敗北しなかった。国家の存亡を勝利条件とするなら、むしろ勝利したといえる。
が、国内から崩壊しそうな状態だった。
多数の熟練労働者を徴兵された産業は体力を失い、また生産の内容も軍需産業へ偏りすぎていた。
植民地もすべて失ったため、資源の安定供給も見込めない。
四年を超える総力戦を戦い抜いた軍は、特に海軍は壊滅状態だった。
開戦前に600万トンに達していた商船団は半減していた。

差し当たり200個近い師団を動員していた陸軍は、十分の一以下にまで縮小する必要がある。
だが海軍の方は、特に問題ない。何せフネが残っていないから。
最後まで生き残った大型艦は、戦艦は《大和》・《武蔵》。空母は《翔鶴》・《瑞鶴》・《加賀》・《大鳳》・《海鳳》・《蒼鳳》・《信濃》。いずれもかなり損傷しており、長期の整備が必要となっている。特に老朽化した《加賀》は、解体した方が早いかもしれない。なお、改大鳳型が1隻、G14型が2隻ほど建造中だったが、いずれも資材不足のため工事は進捗していない。
重巡や軽巡はほぼ全滅している。すり潰されてしまったのだ。
駆逐艦も似たようなもので、戦前からの特型や甲型はほぼ姿を消している。秋月型や松型ばかりである。
潜水艦もほぼ壊滅。
大戦中盤からの海上護衛戦の主役だった海防艦などは多数残っているが、その大半は戦時急造型で、戦争が終われば予備艦となるか解体される運命である。

まとめてみると、確かに日本は生き残ったのだが、軍事大国としては生き残りようがない状態になっていた。
まぁ、植民地が無くなったので陸軍は必要なくなったが、海上交通路の覇権を争うべき海軍は、その根幹は残ったにせよほぼ一からの再建が必要となる。
太平洋の覇者となったアメリカが日本に対して特に好意的になる理由はないので、これからの日本は、史実以上に苦しいことになるであろう。
これまでの方法ではどうにもならないし、「勝てなかった」軍の発言力もかなり損なわれてしまっているので、これから当分の間は通商と外交で生きていくしかなさそうである。
加えて、おそらくは民主主義と共産主義の影響力が強まるはずである。

だが、アメリカの方も手放しでは喜べない。結局、「海軍の戦い」では日本に勝てなかったわけで、「陸軍の戦い」でドイツに勝利したことと比較されると、どうしても海軍の発言力が見劣りすることになる。
また、そもそも日本と争うことになった原因のひとつだった中国への権益は、戦争を終えても手に入らずじまいだった。むしろ、戦争末期になって参戦してきたソ連の影響力が増す結果となっている。

かくしてスターリンが漁夫の利を占めることになった。東アジア方面において、史実よりもより強力な立場を持てたためだ。朝鮮半島南部には日本が影響力を有する朝鮮人民共和国(史実ではすぐに消滅した。大韓民国の母体の一つ)が発足したが、親日・親米両派の争いや共産主義勢力の伸張などにより、あまり頭を悩ませることはないだろうと考えられる。
中国についても、近い将来、中国共産党による勝利がもたらされることだろう。


……とまぁ、こういう感じである。ちなみに世界中が民族主義のうねりに巻き込まれだす50年ごろに「ドイツ戦争」が起きて、東西が第三次世界大戦へと突き進む予定である。
日本はどちらからも距離を置く立ち位置にいるので、表向きは蚊帳の外、その裏側では戦時中から培ってきた親日民族主義勢力への支援を行い、東南アジアの独立を支援することになるかもしれない。
そういうふうに表現すると悪くなさそうだが、肝心のカネがないのが問題となる。史実と異なり、西側ブロックの金融力を当てにすることはできないためだ。
下手をすると、貧乏なまま共産主義革命が起きるかもしれない。

いずれにせよ、ひどいものである。文字通りの「火葬」戦記といえる。国土そのものはあまり酷いことにはならなかったが、連合艦隊はほとんど燃え尽きてしまった。たぶん、史実の日本より悪い状態で戦後という時代を歩むことになるのではなかろうか。史実とは異なり、西側からも東側からも嫌われている状態なので。
うまくいったとして、軍部独裁体制から民主主義へのゆるやかな路線転換。悪い場合は共産主義革命。もしくは軍部による反クーデタ。後者の方が悪いかな。
もちろん、第三次世界大戦が飛び火してキノコ雲がたつというデッドエンドもあるが、まぁそれは仕方がない。人類滅亡みたいなものだし。
ただ、1949年に核実験に成功したソ連が、1950年代前半において、日本にまで核攻撃を仕掛けられる可能性はあまり高くなさそうだ。

こういう妄想はやってみると結構楽しいものだが、妄想以上のものではないことを強く感じるようにもなる。何せ、ある程度真面目に検討すると、ほとんどの場合史実より悪い結果になる。
考えてみれば当たり前の話で、現実だと必ず起きる「都合の良い偶然」は起きず、「都合の悪い偶然」は概ね起きる。前者は記録上存在しないが、後者は記録上存在するのでこうなるのは仕方がない。
また、現実において様々な戦略を立て、戦術を遂行していた人々は、僕よりもはるかに高い能力を持った人々である。例えば今回、米軍の反攻戦略を史実のそれに近い「飛び石戦略」で組み立て、史実よりも強力な抵抗を受けたことにより失敗させて、マッカーサーの陸路戦略に切り替えさせたが、本職の高級参謀たちなら別の戦略を立てていたかもしれない。ポートモレスビーやラバウルをいちいち占領せずに無力化するにとどめ、フィリピンをまっすぐ狙うとか。
アメリカが対日勝利をあきらめた理由として、米軍の進行速度の遅さと損害に比してソ連の侵攻が速やかだったことが挙げられるが、45年初めごろまでにフィリピンの制海権を握れば、日本の海上交通路は干上がってしまう。マリアナ諸島を攻略せずとも、日本を降伏に追い込むこともできたかもしれない。

このように妄想の上に妄想を重ねて出来上がった仮想世界にKaiserreichなんかがあるが、ああいうのはなかなか大変なものだと思う。
こちらもこの妄想世界をさらに推し進めて第三次世界大戦にまで持っていければ良いのだが、まぁそれまでに飽きてしまいそうだ。

2011年1月8日土曜日

睦月八日

年末年始も、あまり休めなかった。

大みそかには実家に戻り、恒例のボードゲームを行った。
お題は『Civilization』。正確にはそのアドヴァンス版。
Civというと、今では『Sid Meier's Civilization』の方が圧倒的に知名度が高いが、こちらもボードゲームでは古典の名作である。一応PCゲーム化もされている。

日本語訳なんて気の利いたものは付いていないのだが、ずいぶん前に『Tactics』誌で翻訳ルールが掲載されており、それを便利に使っている。ただし、この翻訳はかなり出来が悪く、誤訳がかなりあるので、怪しい部分は原文を参照するべきだろう。
僕らにとっては数年ぶりのプレイだが、だいたいは覚えていたのでそれほど問題はなかった。
問題は、プレイ時間が長すぎることである。
最後までやろうものなら、二日ぐらいかかるのが普通だったので、五時間程度のプレイ時間では結構きつい。
まぁ、出来るところまでやろうということでゲーム開始。

僕はエジプト。
まさやんがアフリカ(つまりカルタゴ)。
かずやがイリリア(つまりローマ)。
もりりんがトラキア(つまりドナウ河あたり)。
noriがアッシリア(というか事実上のトルコ)。
ヤスがバビロニア。
そして電気屋がクレタ。

かずやは初プレイとなる。ランダムで担当国を決めたのだが、あまりバランスは良くない。
具体的には、ヤスが僕を目の敵にして殴りかかってきやがった。

noriとは速攻で手を結んだので、本来最大の敵となる北辺はほぼ無防備で構わない。こちらもまさやんとは手を結んだのだが、どのみちアフリカはエジプトと手を結ぶしかないので、あまり旨みはない。まぁ、すぐに寝首をかきに来るようなヤツが背中にいる場合を考えると、非常に都合がよかったと思うべきだろうが。
ゲーム中、バビロニアとエジプトは一・二を争う大国である。言い方を変えると初心者向き。
だが、蛮族モードになったバビロニアの侵略を迎え撃つとなると、エジプトの方も大変である。というか、バビロニアじゃなくてヒッタイトだろ、これ。
主戦場はシナイ半島となる。これは紀元前4k年も紀元後2k年も大して変りはない。
もうひとつの戦場は紅海沿岸。ここはほとんど砂漠なのだが、ここを抑えられるとナイル河上流部の心臓部を叩かれかねないので、死守しなければならない。
基本的に砂漠地帯で多数の兵力を動かせないため、一度都市にしてしまえば簡単には攻略できない。もちろん、増援もあまり望めないので、あまり変な位置に都市を造ることもできない。というか、変な場所には都市を作れるだけの人口を送り込めない。
結局、南パレスチナ方面の都市は迂回し、シナイ半島および紅海沿岸で激戦が繰り広げられることになったわけである。
ただし、このゲームは人口数の少ない方が手番が後になるので、慎重にユニットを動かせば、あまり問題はない。次のターンぐらいまで読めれば何とかなるのだ。寄せ手は第兵力が必要になるので、必然的に手番も先になる傾向があるのだ。
もっとも、このゲームの肝はランダムで発生する災害にあるので、こちらの予想を覆されることは往々にしてある。
というわけで、エジプトあたりの陸軍国家の定石なら「神秘主義」→「土器づくり」のところを、少数精鋭の海軍国家向けである「帆布づくり」→「金属精錬」となった。どこのクレタだ。
必死で都市数を死守し、交易カードを集めてここまで乗り切ると、ロクに都市化もできていないバビロニアではやはり勝てなくなる。というわけでヤスは諦めた。

一方、西方ではアフリカとトラキアがイリリアを挟撃する形になっており、かずやは苦しんでいた。イリリアなら速攻でシチリアにまで足を延ばしておきたいところなのだが、初心者だと一歩遅れてしまう。
まさやんは後背のエジプトを心配しなくても良い状態だったので、安心して速攻を掛けられる。シチリアを抑えてしまい、相手のすきを見てサルディニアなども攻略する。
イリリアが気を取られている間に、トラキアが背後から忍び寄ってモエシア(ドナウ河流域)の穀倉地帯を奪っていく形になった。

結局、中盤からは東方ではほとんど戦争が起きなくなったため、順調に文明が進んだ。
災害には見舞われるが、もとより地力の高い地域なので、すぐに回復する。
最後の方で災害カードの連打に見舞われ、疫病と内戦となにかもうひとつ(他にもあったが、災害の上限は3つまで)を喰らって、国力が半壊してしまったが、それでもかき集めていた財力にものを言わせて集めた文明カードのおかげで、タイムアウト時のトップは僕だった。
もう一時間ぐらいやっていれば、ほぼ完全状態にまで持ち込めたかもしれないが、まぁこんなところだろう。

こんな感じで大みそかは終わった。


元旦を迎え、夕方になると、T先生から電話が。
パソコンが動かなくなったのだと。
二日に、ご自宅にまで伺いますのでと返事をする。


二日。先生宅にまで行き、様子を見てもよくわからない。
というわけで八条のソフマップにまで持って行き、チェックしてもらうと、今度は動く。
こういうのは釈然としないものだが、よくあることである。
再び持ち帰り、電源周りを整理すると、動いた。
たぶん、タコ足配線による電力不足だと思うが、断言できないのが頭が痛い。
ソフマップで買ってきた外付けHDにPCのデータ部分をコピーし、これをバックアップとするように心がけてもらうことにした。
バックアップは色々と面倒が多いのだが、やらないと後悔するので困る。苦労の少ないバックアップ体制となると、RAIDを使ったりオンラインストレージを使ったりすることになるのだろうが、そこまでは僕も経験がないし、データ量自体がそれほど多くはないので、原始的な手作業が費用対効果の面からは一番良いのかもしれない。


三日は疲れ果てて寝ていた。
四日から仕事である。
そして現在に至る。
ちなみに明日は休みだが、あさっては激務が予想される。今週が山だろうなぁ。