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2011年5月7日土曜日

皐月七日 『帝国の興亡』

GWは、正月に引き続き昔の大型ボードゲームをやった。今回は『帝国の興亡』。
7人集まったので、正規のシナリオでは動かないことから、千年紀のシナリオを無理やり実施することになった。

HRE@まさやん(ハンデ±0)
フランス@かずや(ハンデ+5)
ビザンツ@ヤス(ハンデ+10)
キエフ公国@僕(ハンデ+20)
デンマーク@もりりん(ハンデ+30)
ポーランド@電気屋(ハンデ+30)
ブルゴーニュ@nori(ハンデ+30)

というメンツである。
このシナリオは776年開始の1025年終了(だったと思う)。実際には、時間の都合で9ラウンド目、つまり1020年に終わった。
このゲームをやったのはずいぶん前のことになるのだが、その時には「不作」が連発して、ヤスが担当していたHREがひどいことになってたりした。
基本的にこのゲームは、運の要素がかなり強い。人為が運命の前に翻弄される中世という時代をよく表していると思うが、やっていてフラストレーションがたまることもまた事実である。

プレイヤーとしては一番危険性の高いヤスが、正月のシヴィライゼーションに続いて隣国となったわけだが、正月の時のような不毛な全面戦争は、今回は避けられた。
やはり危険性の高い電気屋は、国力が小さいことと、序盤のダッシュで失敗を繰り返したことから、僕にとっての脅威にはならなかった。
こうなると後背の危険のない(別シナリオだとモンゴルが迫ってくる最前線となるのだが)ロシアは、非常に気が楽である。とりあえずカトリックに改宗したり、マジャール人の出撃拠点であるハンガリーを抑えたりして、地味に過ごす。
HREは、史実通りシナリオ開始時点で、ドイツが本領なのにイタリアに手を伸ばしていることから、国内統治で大変なことになっている。
フランスはイベリア半島に向かい、レコンキスタを開始。正直な話、史実より簡単すぎる気がする。
両者に挟まれたブルゴーニュは、イタリアに向かうかイベリアに向かうか、二つの選択肢が与えられている。フランスが良い調子で勢力を伸ばし始めていたことから、noriはイベリアへの進出を決定。
デンマークは、スカンディナヴィアを固める一方、さっさとイギリスへと向かう。

このシナリオでは、北海のバイキングと西部地中海のサラセン海賊とがお邪魔虫となる。具体的には、ターン(25年単位)の初めに略奪を連発するわけである。
目標は、一番豊かな地域になるので、下手に内政を行って地味を肥やしたりすると、そこから狙われる。比較的攻撃力の弱いバイキングの場合、要塞化すると止まってくれるのだが、サラセン海賊の場合はほとんど不可能である。
結果、この地域をプレイするデンマーク、フランス、ブルゴーニュなどは、結構面倒臭いことになる(HREはイタリアを持っているのだが、基本放置するのであまり痛くない)。
西欧や南欧は豊かな地域が多いのだが、災害も多いのでなかなかに難しい。

途中、ブルゴーニュに外交9の化け物リーダーが登場し、フランスに折伏攻勢を浴びせることになった。
領内の随所に外交的介入を行う。たまたまこの時期のフランス王は外交2だったので、ほとんど抵抗できない。下手をすると、国土の半分ぐらいが離反しなけない危機的状況である。
何度か諸侯会談が持たれたのだが、正直なところフランスの方が地力が強いことはみんな承知しているので、外交9のブルゴーニュ公を疎ましく思っていても、フランス王へ肩入れする人間もあまり出ない。
さすがに外交的征服は却下するが、それ以外はおおむねブルゴーニュにとって満足すべき展開となる。
しばらくすると、フランス王も代替わりして外交9になり、不毛な外交戦争は終わることになった。

ゲームそのものは地味~に進み、最後の方で東欧を一気に抑え、ついでに上手いこと改宗と軍事のイベントカードを引き当てた僕が、あっさりと勝利した。もう1ターンぐらいあると、ヤスあたりが猛烈な勢いでラッシュをかけてきたはずだから、完勝という程のものでもない。
というか、長らくやっていないことから皆ルールを忘れてしまっており、ルールを把握している僕の方が有利なのは当然のことなので、自慢にできるようなものでもない。

正月にやったシヴィライゼーションと比べると、このクラスの戦略級ボードゲームとして考えると、こちらの方が運の要素が多い分、やや安易だなと感じる。もちろん、計算抜きでは勝てないことは間違いないので、運の要素を強調しすぎるのも片手落ちなのだが、どうも運の要素が目立って仕方ないというあたりが弱いところだ。
あと、古いゲームだから仕方がないのだが、不必要に煩雑で、徴税や反乱のチェックなどはもっと手軽にした方がプレイアビリティが高まることであろう。

2011年1月8日土曜日

睦月八日

年末年始も、あまり休めなかった。

大みそかには実家に戻り、恒例のボードゲームを行った。
お題は『Civilization』。正確にはそのアドヴァンス版。
Civというと、今では『Sid Meier's Civilization』の方が圧倒的に知名度が高いが、こちらもボードゲームでは古典の名作である。一応PCゲーム化もされている。

日本語訳なんて気の利いたものは付いていないのだが、ずいぶん前に『Tactics』誌で翻訳ルールが掲載されており、それを便利に使っている。ただし、この翻訳はかなり出来が悪く、誤訳がかなりあるので、怪しい部分は原文を参照するべきだろう。
僕らにとっては数年ぶりのプレイだが、だいたいは覚えていたのでそれほど問題はなかった。
問題は、プレイ時間が長すぎることである。
最後までやろうものなら、二日ぐらいかかるのが普通だったので、五時間程度のプレイ時間では結構きつい。
まぁ、出来るところまでやろうということでゲーム開始。

僕はエジプト。
まさやんがアフリカ(つまりカルタゴ)。
かずやがイリリア(つまりローマ)。
もりりんがトラキア(つまりドナウ河あたり)。
noriがアッシリア(というか事実上のトルコ)。
ヤスがバビロニア。
そして電気屋がクレタ。

かずやは初プレイとなる。ランダムで担当国を決めたのだが、あまりバランスは良くない。
具体的には、ヤスが僕を目の敵にして殴りかかってきやがった。

noriとは速攻で手を結んだので、本来最大の敵となる北辺はほぼ無防備で構わない。こちらもまさやんとは手を結んだのだが、どのみちアフリカはエジプトと手を結ぶしかないので、あまり旨みはない。まぁ、すぐに寝首をかきに来るようなヤツが背中にいる場合を考えると、非常に都合がよかったと思うべきだろうが。
ゲーム中、バビロニアとエジプトは一・二を争う大国である。言い方を変えると初心者向き。
だが、蛮族モードになったバビロニアの侵略を迎え撃つとなると、エジプトの方も大変である。というか、バビロニアじゃなくてヒッタイトだろ、これ。
主戦場はシナイ半島となる。これは紀元前4k年も紀元後2k年も大して変りはない。
もうひとつの戦場は紅海沿岸。ここはほとんど砂漠なのだが、ここを抑えられるとナイル河上流部の心臓部を叩かれかねないので、死守しなければならない。
基本的に砂漠地帯で多数の兵力を動かせないため、一度都市にしてしまえば簡単には攻略できない。もちろん、増援もあまり望めないので、あまり変な位置に都市を造ることもできない。というか、変な場所には都市を作れるだけの人口を送り込めない。
結局、南パレスチナ方面の都市は迂回し、シナイ半島および紅海沿岸で激戦が繰り広げられることになったわけである。
ただし、このゲームは人口数の少ない方が手番が後になるので、慎重にユニットを動かせば、あまり問題はない。次のターンぐらいまで読めれば何とかなるのだ。寄せ手は第兵力が必要になるので、必然的に手番も先になる傾向があるのだ。
もっとも、このゲームの肝はランダムで発生する災害にあるので、こちらの予想を覆されることは往々にしてある。
というわけで、エジプトあたりの陸軍国家の定石なら「神秘主義」→「土器づくり」のところを、少数精鋭の海軍国家向けである「帆布づくり」→「金属精錬」となった。どこのクレタだ。
必死で都市数を死守し、交易カードを集めてここまで乗り切ると、ロクに都市化もできていないバビロニアではやはり勝てなくなる。というわけでヤスは諦めた。

一方、西方ではアフリカとトラキアがイリリアを挟撃する形になっており、かずやは苦しんでいた。イリリアなら速攻でシチリアにまで足を延ばしておきたいところなのだが、初心者だと一歩遅れてしまう。
まさやんは後背のエジプトを心配しなくても良い状態だったので、安心して速攻を掛けられる。シチリアを抑えてしまい、相手のすきを見てサルディニアなども攻略する。
イリリアが気を取られている間に、トラキアが背後から忍び寄ってモエシア(ドナウ河流域)の穀倉地帯を奪っていく形になった。

結局、中盤からは東方ではほとんど戦争が起きなくなったため、順調に文明が進んだ。
災害には見舞われるが、もとより地力の高い地域なので、すぐに回復する。
最後の方で災害カードの連打に見舞われ、疫病と内戦となにかもうひとつ(他にもあったが、災害の上限は3つまで)を喰らって、国力が半壊してしまったが、それでもかき集めていた財力にものを言わせて集めた文明カードのおかげで、タイムアウト時のトップは僕だった。
もう一時間ぐらいやっていれば、ほぼ完全状態にまで持ち込めたかもしれないが、まぁこんなところだろう。

こんな感じで大みそかは終わった。


元旦を迎え、夕方になると、T先生から電話が。
パソコンが動かなくなったのだと。
二日に、ご自宅にまで伺いますのでと返事をする。


二日。先生宅にまで行き、様子を見てもよくわからない。
というわけで八条のソフマップにまで持って行き、チェックしてもらうと、今度は動く。
こういうのは釈然としないものだが、よくあることである。
再び持ち帰り、電源周りを整理すると、動いた。
たぶん、タコ足配線による電力不足だと思うが、断言できないのが頭が痛い。
ソフマップで買ってきた外付けHDにPCのデータ部分をコピーし、これをバックアップとするように心がけてもらうことにした。
バックアップは色々と面倒が多いのだが、やらないと後悔するので困る。苦労の少ないバックアップ体制となると、RAIDを使ったりオンラインストレージを使ったりすることになるのだろうが、そこまでは僕も経験がないし、データ量自体がそれほど多くはないので、原始的な手作業が費用対効果の面からは一番良いのかもしれない。


三日は疲れ果てて寝ていた。
四日から仕事である。
そして現在に至る。
ちなみに明日は休みだが、あさっては激務が予想される。今週が山だろうなぁ。