2010年11月13日土曜日

霜月十三日

図書館において、僕の仕事は、ひとことでいえば「雑用」である。

一応、表芸は遡及、つまり古典籍の書誌情報の作成になるのだが、こちらは手下に任せれば問題ない体制を作り上げたので、僕自身はほとんどタッチしない。トラブルシューティングと各担当の調整、作業計画の立案及び評価が仕事である。
……いやまぁ、バイトのする仕事じゃないというかどう見ても管理職です本当に(ry

で、今年度からメインになりだしたのがリポジトリ。これについては折々触れている。

もうひとつは、貴重書の管理。こいつは表芸とも一応関係する。現時点でほとんどの貴重書が遡及されていないので、いつかは作業対象となるためだ。
もっとも、下手に遡及してオンライン検索が可能になると、わけのわからない連中が見せてくれと世界中(文字通り)から押し寄せてくる可能性が馬鹿にならないほどあるので、上司は乗り気ではない。僕も、まぁ同意見である。

代わりに、デジタル撮影して画像をアップロードし、それを見てもらう。デジタルアーカイブという作業だが、これも表芸のひとつ。
もちろん、撮影やサーバーの管理などは僕の手に余るので、それらについては内部や外部の専門家に委託することになる。
僕がするのは、撮影対象のリスト選定である。

貴重書はマスターカードと呼ばれる資料整理カードと、それをまとめた函架簿と呼ばれる台帳によって管理される。いちおう、貴重書目録も公刊されているのだが、戦前に編纂されたものは、さすがに古すぎ、最近になって編纂されたものは、あいにくと出来が悪すぎるため、どちらも使い勝手が悪い。
仕方ないので、数年前に函架簿からExcelにデータを入力した。全部で6000件ぐらいはあるだろう。
面倒な作業だったが、今ではこれが作業管理のベースとなっているのだから、ま、やっておくべき仕事ではあったのだろう。

で、このExcelのシートを眺めながら、撮影対象を決めるわけである。
仏教系大学であり、非常に多くの資料を引き継いでいることから、ラインナップは豊富である。当然、仏教書が中心となり、次いで日本文学関係。そして史料関係。
僕の本業からして、本当は史料類を優先して公開したいのだが、まぁ、一般受けしそうにないので、そこはある程度抑える。予算には限りがあるためだ。
一般受けしそうな絵の入る図書を選び、また源氏物語や平家物語のような冊数の多い図書を収め、その周辺に史料類を放り込むというようにして埋めていくわけである。

例年は僕一人で決めていたのだが、今年は日本文学を専攻する同僚にもリストの一部を渡し、助言を求めた。常日頃から、東京方面の研究者たちがウチの蔵書について知りたがっていると聞かされていたので、何ならそういう人たちの中で信用できる人に、こっそりと検討してもらってもかまわないと言っておいた。

数日後、返事が返ってきた。
どうも、僕が選んだリストは、刺激が強すぎるものらしい。そこからさらに厳選したリストを作成して向こうさんに見せたそうなのだが、それでもかなり興奮していたそうな。

なんでも、東京方面の大学が持っている本は、すべて研究されつくしているそうな。
こちらが昔から抱え込んできた本は、いわば「未発掘」の資料らしい。
ウチの大学は、いろんな意味で閉鎖的であり、外部への情報発信にあまり熱心ではない、らしい。まぁ、それは僕にもある程度わかる。
大学の格からすると不相応なほど充実した資料を持っているので、あまりよそへ出歩く必要がないのだ。
さすがに近年はそうも言ってられなくなっており、こうした傾向がいろいろと足を引っ張っているのだが、それは措く。
話を戻して、そういうわけで東京方面の研究者からすると、閉まったままの宝箱的な位置づけにあるらしい。

同僚から、「このリスト、安易に公開しないでくださいね」とのお言葉をいただいた。
下手をすると、研究者からストーカーじみた真似をされかねないですよという、冗談とも本気ともつかない忠告を受けた次第である。

ついでに、リストには史料関係もいろいろと載せておいたのだが、これもまずいらしい。
ウチの大学、というか本家は、日本史上のあれやこれやに関わっており、白い歴史も黒い歴史も有している。
図書館とは別に、史料編纂室というのがあって、そこでは保管された史料からいわゆる正史を編纂しているのだが、その一部は図書館にもあるわけである。
こういうところで編纂された「正史」は、要するに白い歴史である。黒い部分は表に出ない。
図らずも白か黒かも判じかねる史料を公表しようとしたわけであり、これはかなりのリスクを伴うというのが、同僚とその師匠の懸念するところであった。

一応、僕の意識は歴史屋さんであり、史料に黒も白もあるかというのが正直なところである。というか、白い史料は放っておいても表に出るはずなので、むしろ黒い史料こそガンガン公表すべきであると思っている。
とはいえ、独善からそこまで踏み込んでしまうと、被るリスクが大変なものとなりかねない。実際に火の粉を浴びるのは、正規の職員である上司や課長あたりになるのだろうが、万一、身分の保証なぞ皆無の僕にまで及んだ場合、速攻で首が飛ぶことになる。

また、非公開(ではないのだが、みんなそう思っている)の資料を公開すると、一部の教員が心証を悪くしかねないとも言われた。資料の公開性・共有性が研究の大前提であると思っている僕からすると噴飯ものだが、「俺の資料を勝手に公開するな」的な先生様は、存外に存在する。そういう人に限って、ロクに論文も書かない……かどうかは知らないが、少なくともそう忠告してくれた同僚は、自身の経験としてひどい目にあったことがあり、僕からするといささか過剰なほど、この手のリスクを警戒している。

結論として、大学の先生の集まる委員会にリストを提出し、その裁可を受けるという案をひねり出した。これなら、面倒が起きた場合には先生方が引き受けるという建前というかエクスキューズを作ることができる。
上司は、寝た子を起こすことになるのではないかと懸念しているが、まぁ判断するのは課長である。
その課長は来週頭まで出張しているので、それからの話になるだろう。


などと、例によってnoriともりりんに話したのだが、「クトゥルーの世界だな」とか言って笑っていた。
僕は、冒頭あたりで原因不明の死を遂げる図書館職員というわけである。
死ぬ時には携帯に向かって意味不明の言葉を叫べるよう、用意を整えておかねばなるまい。

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