2010年7月22日木曜日

文月廿二日

『類纂』に貼った付箋の数が減らないような気がする今日この頃。
いつかは終わると分かっているが、作業量の多さに心が折れそうである。
考えてみれば、かつて同じ作業をやったときには広東方面だけだったのだが、今回は全部だからなぁ。

気分転換にCat Shit Oneとかを観たりする。

【ニコニコ動画】Cat Shit One -THE ANIMATED SERIES-




話作りの基本的な手法はシェークスピアが完成させている、と、かつて原作者の小林源文が別の所で書いたのを読んだことがある。
つまるところ、応用していくかが、話を作るに当たっての腕の見せ所というわけだ。
似たようなことを言っている人は多いし、僕も、シェークスピア云々はともかくとして異論はない。

この作品も、ストーリーとしては陳腐なくらいありふれたものだ。ジョン・フォードが作ったといわれても驚かないぐらい。
それでも魅せる内容である。細かい部分を、丁寧に作り込んでいく。

書いていて思ったが、僕がやっているような人文科学の研究にも似たようなことが言えるかも知れない。
よく、細を穿ちすぎていると批判されるが、大なたを振るうのは、中国史を例に挙げれば内藤湖南や宮崎市定の時代に終わっており、今の人間はそれを踏まえて、今の技術を駆使して魅せる論文を書くのが正しい──のではないか、と思う。「魅せる」という表現が不適切なら「内容のある」とかでも良いが。

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