2011年7月16日土曜日

文月十六日 档案問題

なかなか研究が進まず、少し焦りだしてきている。

なぜ進まないのかは、ひとつには単純で、コツコツとした作業を行っていないためである。
全く何もしていないわけではないのだが、もう少し努力してもいいところである。
また、ある程度作業を進めてきて気がついたが、史料不足の部分があり、また人文研に行かなければならない。このくそ熱い中をあそこまでチャリ漕いで行かなければならないのかと思うとげんなりするが、少なくともお盆休みまでには行っておく必要がある。

もうひとつは、まだ先の話だが、一部の史料については、第一档案館にしかないようで、そこまで行くか、なんとかして史料を手に入れなければならないかもしれない。

研究の骨子は、清代中期以降、官塩の供給量を需要に対応させることを放棄したという事実、そして清代後期に財政的必要性が増した時には、塩の供給量を増やすのではなく、塩税税率を高めることでそれに対応しようとしたという事実を指摘し、その原因として、前者については当時の清朝にはその動機がなかったこと、後者については財政構造上の必然であったと主張するというものである。

基本的な枠組みとしてはそれで充分であると考えているのだが、動機がなかったという否定証明、また財政構造を説くにせよ、いささか説得力に欠ける憾みがあるという気もしている。
そこで、塩政の意思決定の過程を改めて検討しておく必要性を感じているのだが、そのためには一次史料である塩務関係の档案類を見なければならないという気がしつつあるのである。
日本で見られたらいいのだが、あいにくと完全な形での発表は行われておらず、また塩政関係に限るとはいえ、かなりの量に上ることから、直接現地に赴くにせよ、あるいは史料のコピーの郵送が可能であるにせよ、相応のカネがかかりそうな感じである。
目指す史料が「当たり」であるとの目処が、ある程度であれ立つのであれば、そして充分な時間がとれるのであれば、何らかの助成金を求めるなどの方策を取ろうとも思えるのだろうが、そこまでの確証も得られない。
この問題については、さしあたり宮中档を使うしかないだろう。どの程度当たりがあるかどうかは不明だし、一番のかなめである乾隆年間のそれが、大学にはないという無様な状態なので、それこそ京大の文学部あたりに足しげく通わなくてはならないかもしれない。

いずれにせよ、今回の論文の締め切りまでにこの問題を解決することは、時間的に不可能である。
本来ならば、一度ここで研究を中止し、こちらを片づけてから改めて現在のテーマに戻るべきであろう。
が、それも時間的に不可能なので、とりあえず不充分なかたちであるにせよ、今回の論文を片づけ、その上でこの問題に取り掛かるべきということになるだろう。

なかなかに気分が重い。

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